子どもの未来とは
公立小学校の少人数制+高学年からの専科制度について、私はたいへん喜ばしいことだと思ったのだが、いっぽうでなにかと問題もあると言う。
専科制度になることで、各専科の教員が今まで以上に休みづらくなる、授業時間が増えるというTweetを目にした。なるほど、そういう意見もあるのか。
ちなみにうちの自治体では、低学年のときから漢字・英語は専科。
中学年からは図工・音楽も加わり、算数はレベル分けで少人数制指導、高学年からは体育も専科となるようだ(家庭科とかもあるのか?)。
さらには近年中にICT教育の導入もあると言う。
段階的な中学校への導引、ICT教育の導入。
これだけ聞くとすごく手厚く感じるが、実際にはかなり…かなり不満がある。
段階的に専科制度をもうけることによって何を目指すかと言うと、何か変化があったときに細やかに担任から気にかけてもらえる小学校時代から、自主性を求められる中学校教育への慣れ。「担任の負担」を段階的に慣れさせていくという試みなのではないかと思う。
これにいたっては、個人的には手厚い保育園時代からいきなり放任…というか担任が見切れていない学級への小学校に入学したときにかなり洗礼を受けたので大賛成だ。
いわゆるおちこぼれ児童への対応だ。
うちの学区の小学校は、2/3は私立中学校に受験すると噂を耳にしたことがある。
それを聞いた当時は、地域性で優秀な子が多く、私立中学校へ受験するからだと思っていた。しかし、いろいろ問題を抱える我が子の進学にあたって調べるうちに、別の面が見えてきた。
どうやら優秀な児童を私立中学校にとられてしまうということに焦るあまり、公立中学校の学習レベルを上げすぎてしまっているようだ。
レベルが上がるというのはどういうことかと言うと、高い授業レベルが求められる。課題がめちゃくちゃ出る。鬼ほど出る。
それによって授業についていけなかったり、課題を提出ができない児童が出る。
だから、レベルの高い公立中学校についていけそうもない児童には、早いうちに自由な校風の私立中学校への進学を進められるという…。
実際私のまわりでは、小学校時代は問題はなかったが公立中学校に進学した子は不登校になり、小学校時代に何かと問題があり自由な校風な私立中学校に進学した子は生き生きと学校に通っている、という事例があるのであながち単なる噂とも言いきれない。
発達に問題がある児童は、たくさんのお金や時間をかけてようやくみんなと机を並べて勉強できるレベルに追いついていけるというレベルなのに、「公」な学習の場がそんなことではどうしたらいいのか。
子どもの未来は何ではかるのか。
公立の教育に期待する自分と、げんなりする自分がいて答えが出ない。