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俺を、昼に葬るな【後編】

 前回のおはなし↓

 芳野はあれから何度か、タイムホールに突き落とされていた。もう四回目も病院で捕った。

 どうも記憶だけは蓄積されていくようだ。ただ、どうやっても病院から出られない。そもそも、これは方法次第で逃げ切れるものなのか?

 芳野は再び医師から五回目のカプセルの説明を受け終えたところだった。ここから地下の隔離病棟まではどうやっても自分の意思で動けない。ゲームのムービーシーンのように、ただ観ることしかできない。

 あれ?今まで気づかなかった。俺がいつも締め落とす警備員がいるじゃないか。
 だがそんなことに気づいたところで、どうなるでもなかった。
 芳野は考えた。なぜ、いつもすぐ捕まるんだ。

 考えろ、考えろ、考えろ!!!

そうか!いつも時間を使い切ろうとしなかった。スグに脱出することばかりだ。警備員を締め落としても、おそらくエレベーターに乗るまでの間で、バレてるんだ。そりゃぁ、警備員に俺の服を着せて偽装してもダメだったってことだ。

 芳野は脱走を諦めた。正確には、もし警備員を締め落とさずに、時間が過ぎればどうなるのか、それをこの五回目で確認したかった。三時間ほど時間が過ぎた。ちょうど三時ごろに俺は特殊警察官に引き渡された。

 その間、警備員の男は交代はせず、ずっと俺を部屋の外から見張っているだけだった。十五分おきに無線で状況連絡をしている。やはりそうか。この定期連絡が途切れたせいで、俺は毎回すぐ捕まっていたのか。少し作戦が練れた。

 六回目、芳野にはひとつの考えがあった。警備員を締めあげたあと、服を入れ替え、そのまま逃走せしない。芳野が警備員になり、見張り連絡をするというものだ。そのままこの警備員を俺の身代わりにして、連行させる。俺は最後の時間を俺の家で過ごせる。

 予定通り、警備員が定期連絡をしたあと首を締め上げた。部屋の扉を閉め、服を交換した。着替えきれないことを想定し、無線だけは手元に置いていた。

「こちら芳野淳、地下病棟・特に異変なし」
 俺は定期連絡をし、その間警備員の乱れた服を整えた。

今は丁度、二時五十分だ。締め落としを二時四十五分にしたのは、いくらなんでも締め落としてすぐ意識が戻ったら厄介だからだ。

 ちょうど三時になる頃、特殊警察が下りてきた。俺の身代わりの元警備員の男をストレッチャーで連れて行った。

「俺は芳野じゃない!警備員だ!」

と叫んでいたが、誰も聞く耳を持つものか。俺は警備員の姿のまま、ゆっくりと病院から出た。病院の駐車場を抜けたところで、俺は特殊警察に捕まった。俺が再びタイムホールへ落されるとき、いつもと様子が違った。既にあの警備員が先にタイムホールに落とされていたのだ。

 やつらの連携不足だった、そして俺は七回目の午後十二時を迎えた。

 警備員の男、名は村上信一郎という。芳野と同じ十九歳。高校を出てすぐ、警備員会社に勤めていた。病院の警備業務、なかでも隔離病棟という特殊な警備だったため、特別手当が付き給料もよかった。

 村上はタイムホールに落とされたことをうっすらと覚えていた。
「村上!そろそろ時間だぞ、地下一階で芳野の警備をするんだ」
「はい、承知いたしました。今から向かいます」

 上司からの指示に返事をし、急いで芳野の警備に向かう。先に入っていた先輩警備員と交代した。
 芳野の詳細は聞かされていない。それよりも俺は、なぜまた芳野を警備しているんだ。俺は確かアイツに首を絞められて…。

「警備員さん!」
芳野が村上に声をかけた。

「どうでした?タイムホールは?」
村上は慌てて、芳野のもとへ駆け寄った。
「それをどうして?」
「いや俺なんて、もう何回もあの穴におとされてるんだよ。警備員さんも落とされたんだろ?」

「はい、そしたら、そしたら」
「そう、また同じ午後に戻ってる」
 芳野は村上に事の顛末を説明した。にわかに信じられなさそうにしていたが、タイムホールの存在が強烈すぎて、信じざるを得ない。

「で、何の用ですか?」
 村上はそっけなく、自分が優位であることを示そうと芳野に言った。
「ここから、出るのを手助けしてほしいんだ」
「どうして俺がそんなことを」
村上は芳野の図々しい申し出に困惑した。

「今度また俺はタイムホールに落とされる。だけど、警備員さんは…」
「村上です」
 警備員は芳野に名乗った。
「そう、次は流石に村上さんを身代わりにはできそうもないし。手口バレてるし。そうなると村上さんはタイムホールに落とされないでしょ」
「そうですね」
「それ、ヤバいんじゃないかと。この世界について考えたところ、タイムホールで送られると、次の世界には【もともといた自分】が消されているんじゃないか?ってこと」

 村上は芳野が何を言いたいのか、何を言っているのかよくわからなかった。芳野は村上にパラレルワールドが存在しないことを説明した。つまり、一度タイムホールで送られてしまうと、その世界に【いるはずの自分】は存在しなくなる。

 そうでもないと同じ時空に自分が二人いることにになる。芳野はかれこれ数十回タイムホールに落ちているが、その時空にいるはずの自分に出会っていない。

「おそらくタイムリープのフラグが立ってしまうと、転送される世界の自分は消えてしまう。だから、村上さんは次の回からは存在自体がなくなってしまう」
「じゃぁどうすれば?」
「ひとつは俺と一緒に、ひたすらタイムリープをくり返して同じ時間を生き続ける。つまり午後十二時から四時まで警備して、また同じ日の午後十二時に戻るってことだ」

村上は首を横に振った。
「もうひとつは?」
「タイムリープの連鎖を止めて、この時空の時間を進めるってことだ。そのためには、このカプセルがつぶれる十二時間を越えなければならない」
 村上は理解の壁を越えられていないが、芳野の話を信じた。

「ただ、芳野さんのカプセルが割れたら、つまり十二時間後ってことになったら、世界はその未知のウイルスだらけになってヤバいんじゃないの?」
「そうかもな」
「そうかもなって!」
「その時は、俺から抗体作ってくれよ。過去に俺を送り返したって、それは問題の解決には何らならないんだ」
「問題の先送りならぬ、過去送りか」
「おっ、村上さんおもしろいこと言うね」
芳野は七回目にして初めて人と話をし、初めて笑った。

 作戦はこうだった。
1)村上と芳野が入れ替わる。特殊警察官は二名で隔離病棟地下1階に来る。2)ストレッチャーで搬送する際に、芳野が後ろから殴りかかる。
3)もう一人の特殊警察官が芳野を確保しようとする時に、ストレッチャーにいる村上が襲いかかる。

 作戦は予定通り実行できた。芳野と村上は特殊警察官の装備・制服を奪い着替える。特殊警察の二人は、そのまま後ろ手・猿ぐつわで無力化した。
 芳野・村上は病院内を見回りながら、特殊警察の配置地図を確認した。村上は警備の都合上、こうした機密情報を手にしていたのだ。

 特殊警察官それぞれ一人になるタイミングを見計らって、二人で襲い掛かる。芳野は中学時代の柔道技、村上は警備員をするだけあって空手のたしなみがあった。

 午後九時半を過ぎていた。病院内は芳野が逃げ切ったこと、ことごとく特殊警察官が倒されていたことで大騒ぎだった。
芳野と村上はあのUFOキャッチャーのある地下室に特殊警察車両で向かっていた。全ての検問はフリーで通過できた。目的地へは拘束した特殊警察員に案内させた。

 病院からちょうど二時間。もうすぐウイルスカプセルが破裂する十二時だ。

「ここからは、俺一人で行くよ」
 芳野は村上と握手し、車から下りた。
 芳野は目隠しをされてこの建物に連れてこらえていたとはいえ、ニオイ・光の感覚で建物の構造を理解していた。鏡張りになっている。

 内側の部屋にはあの双子の老人がいた。芳野は奪ったキーカードで部屋に入った。

「ここは、関係者以外立ち入り禁止じゃ」
「関係者ですよ、俺は。芳野淳ですよ」
 芳野はゴーグルを外した。
「どうしてここに?」
「あんたらからしたら、今日が初めてだが、俺はもう何回も繰り返してんだ!」
 芳野は、双子の老人二人を軽く制圧した。

 時計の針は十二時を指していた。

 芳野の背中がブチブチと音を立てる。ウイルスカプセルが作動した。芳野はマジックミラー越しに見えるタイムホールが閉じていったのを見たのち、「なんのこっちゃ」
と言い意識を失った。

 後日、芳野はタイムホールを研究していた科学者たちに呼ばれ、郊外の研究所に行った。そこで科学者たちからある仮説が提示された。

 芳野のウイルスとは、タイムホールを閉じるためのものだったのではと。タイムホールは生きていた。無生物ではなく、生物。誰かを取り込むことでわずかな養分を吸収し、代わりに時空を歪ませて時間をさかのぼらせる。

 敢えて同じことを繰り返させて、つまり芳野を何度もタイムホールに送り込ませることで、タイムホール自身が無限に生きながらえようとしたのではないかと。

 その芳野のウイルスカプセル自体も、タイムホールが植え付けたとしたらどうか?自らを滅ぼすウイルスであるが、容易にウイルスの正体を特定されては困る。対策を練られてしまう。それなら、理解不能なタイムホールを滅ぼすウイルス、それを自ら作り出す。そうすれば、ウイルスの特定はされない。灯台もと暗しの生存戦略とも言える。

 このウイルス、午前十二時で発動するのだから、タイムホールも必死だ。発動前に、何としてでも穴に芳野を放りこませなければならない。
 逆を言えば、このタイムホールを倒せるのは芳野のウイルスが発動する午前十二時。真夜中だけだ。葬るのは真夜中だけだということだ。

 双子の老人たちは裁判も行われず、即拘束され地下にある特殊刑務所懲罰房行きとなった。芳野はタイムホールの権威である科学者たちから説明を受けた。
「芳野さん、本当に申し訳ありませんでした」
 科学者のリーダーのような男が申し訳なさそうに、芳野に相談を持ち掛けた。

「日本各地にタイムホールが十五ほどあります。勝手ではありますが、芳野さんに倒していただきたいのです。ウイルスカプセルの成分は再現できます。今度は意図的にカプセルを埋め込み…」
芳野は話を遮るようなそぶりで、手をあげた。

「俺を、昼間に葬るな」

そう言い残すと、芳野は家路を急いだ。

(おわり)

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