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拗らせ男子、短編小説入門。(5杯目)
実家の周辺は街灯もない山奥のため、星空は年中私たちのそばに輝きを届けてくれる。小学生のころ私と家族は、夏になると毎週のように目と鼻の先にある公民館へ集い祭囃子の練習をしていた。
ある日練習を終えて公民館を出ると眩い限りの星空が視界に溢れ「うわぁ」と声が漏れた。その中でも一際眩く私の脳裏に焼きついた赤いアンタレスからは蠍座が尻尾を伸ばしていた。
今夜は星のお話しのようだ。
白い星と眠る人の彫刻
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午後になって雲が流れ、空一面が青く晴れわたったところに、その白い大きな星が姿をあらわしました。
---中略---
「とうとう、サイロンが来てしまったよ」
背後でなじみ深い声がしたので振り向くと、友人のミカリが青白い顔をして立っていました。
---中略---
「縮小が始まった人は四日目くらいから眠りに入る。そして、眠りについた者は、やがて完全に消えてしまう」
ミカリは深刻な顔でそう説明した。
流動星と呼ばれるこの星は、法則性のない動きをしながら接近する。サイロンの影響で、住民たちは次々と縮小し、最終的には消滅してしまう。
肖像彫刻師のハブカは、友人で宇宙学者のミカリから、「縮小が始まる人々を彫刻に残してほしい」と頼まれる。
「やはり、神様というのはいるんだね」
やがて最後に残ったのはハブカとミカリの二人。
「黒パンにマーマレードを塗ったのがいいな」
「マルゲリータ・ピザ。あれ以上のものはないね」
「ドライカレーを所望したい。うんと辛いやつだ」
消えゆく人々の最後の晩餐を共にし、ハブカは彼らの姿を精密に彫刻し、右足の裏に名前を刻んだ。住民たちは穏やかに死を受け入れ、お気に入りの食事をとり、眠るように消えていった。
「もし、僕の縮小が先に始まってしまったら、君を残すことができなくなる。
だから、いまのうちに君を彫っておきたい。目を閉じてそこに横になってく
れ。あるいは、座ったままでもいいけど―」
この星の住民の生きた証を残せても、つくった者の証は残せない。
「そうだ、いいことを思いついた」
ミカリが指を鳴らしました。
「彫刻の技術は君だけのもので、僕にはとうてい真似できない。そのうえ、
君が君自身を彫ることができないとなると、そんな残念なことはない。君こ
そ、未来に語り継がれるべきなのだ。でも、いいことを思いついた。いや、
いつもどおり、そのまま再現してくれればいいんだが―」
そう云ってミカリは自らの左足を投げ出し、おもむろにマジック・ペンを
取り出しました。
数百年後、異星の調査隊がこの星を訪れ、眠るような彫刻を発見する。「まるで生きているようだ」と驚嘆する彼らは、右足の裏の名前を読み取るうちに、一体だけ左足にも文字があることに気付いた。そして、レーザーを当てると、その名が浮かび上がる。
「ハブカ」
こうして、彼の名は未来へと残されたのである。
とても恐ろしい物語の始まり方だ。昨年の晩秋スーパームーンを一人眺めた時のことをなんとなく思い出した。その非日常的な現象に圧倒された際の感動。一人眺めていたせいなのか否か、今思えば紙一重だが僅かな恐怖にも思えるのが不思議だ。
目の前の美しさと時折姿を現す恐怖というのは、夜の街中の雑踏と通り魔のようで、あたたかな食事風景のなか受容されるニュースようで。
「こんな私には何が残せるだろうか。」という永遠のテーマに「こんな私」を言葉に残そう。偽りなく、叶うなら美しい言葉で。
何かを成してきた者だけが紡げる言葉で淡々と机に向かう父の背中に「ひとりの時間」を真似ぶ。