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拗らせ男子、短編小説入門。(2杯目)
さて、今日は地元の道の駅にある銭湯に2時間滞在しサウナを楽しんでいました。これと言ってこだわりがある訳ではないのですが、都心からわざわざテニスをしに赴いてくれたサウナ伝道師(35歳独身)にサウナ学位を授与されてからは、週に1〜2回は通うようになった訳です。今日は午後から雪模様。降る速さに合わせて雪を眺めながら放心状態になると、なんとも風情のある外気浴となるのです。頭に30秒でもいいので冷水シャワーを浴びてから雪を浴びると風情が増しますのでどうぞお試しあれ。
そんなサウナ後の一篇。
映写技師の夕食
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舞台はことごとく昔のままな町モリナガ。人生がつまらなくなりこの町で出前の仕事を始めた17歳の少女アオイ。こんな町が肌に合っている自転車修理屋のイノウエ。そして、映画館でフィルムを回し続ける映写技師、礼儀正しく大人びた青年ミズシマ。アオイはイノウエに自転車を診てもらい夜の出前仕事に不満を漏らしながらも、想いを寄せているミズシマの話を始める。
一先ずイノウエ抜粋。
イノウエは自転車を直すのが若いときからの生業でした。
彼はタバコを吸うときにマッチを擦るのを、ことのほか小気味よく感じており、モリナガへ来るなり自分の店の宣伝用マッチをつくって、そこに〈イノウエ自転車病院〉と店の屋号を刷り込みました──。
—-中略—-
「ほう」とイノウエは油で黒ずんだ指で、鼻からずり落ちたロイド眼鏡を正しい位置に押し上げました。
ふむ。
マッチと言い、ロイド眼鏡といい拘りのある自転車修理屋さんという印象。
ロイド眼鏡って大江健三郎が掛けてるあれだよね。
映写室に箱詰めのミズシマは夕食を食べに行く時間がないため致し方なく出前を注文し、届けて来るのが決まってアオイなのだ。注文は「とにかく簡単に食べられるもの」。オーダーを受けたサンドイッチ屋のヤマモトはアオイに説明する。
「すごく、きりっとしたサンドイッチなんだよ。それでいて、適度に水分を保ってる。簡単だけど簡単じゃない。自分で云うのもなんだけど、これこそ最高のサンドイッチだと思う。でも、君がもたついてしまったら元も子もない。六時十五分までにかならず届けておくれ」
ヤマモトのサンドイッチ、食べたい。
映写室までは映画館の裏口から入るように館主に厳しく言われているアオイ。裏口まではまるで迷路で想像を絶するような狭い路地の上、六時を過ぎると真っ暗。アオイは昼のうちに体に順路を記憶させたおかげで一度も迷うことなく裏口へ到着するのです。裏口という名の壁の亀裂は、修繕が必要なのにそのまま放ってある、といった風情です。
いや、とんだ風情だよ。
そして、映写室へ。
しかし、あまりに狭い部屋なので、アオイがサンドイッチの白い箱を手渡すときは、ミズシマの顔が眼前まで迫り、
「ありがとう」
と彼はくぐもった声で云うのでした。
「それにしても」とアオイは毎日同じことを口にします。「ここは本当に狭いですね」
ミズシマは答える。
「ここから投影しているのを、お客さんに意識させないのがぼくの仕事です」「理想を云うと、どこに映写室があるのかわからない方がいい」「ここはフィルムとスクリーンの狭間にある、あってないようなところ」「狭ければ狭いほどいいんです」
場面は戻り、アオイの話をひととおり聞いたイノウエは、薄くなめした鹿革で磨きをかけ自転車の修理を終える。
「どうして、自転車はこんなかたちになったと思う?」
イノウエも月を見上げながらアオイに訊きました。
「さぁ」とアオイが首をかしげると、
「とびきり狭い道を走るためにだよ」
イノウエはタバコをくわえてマッチを擦りました。
こうして物語を終えてみると、アオイの周りにはイノウエ、ミズシマ、なんならヤマモトという洗練された人物がいて、イノウエはアオイの仕事に小気味よく意味付けをしてくれた。恐らく小柄であろうアオイが狭い場所を抜けて行く様やとんだ風情に思えた裏口という名の壁の亀裂も、ミズシマの理想のお膳立てをしてくれていて味わい深い。夜通し走り回った自転車を修理する時間や狭い場所を通り抜けてほつれてしまったアオイの衣服。気づけばもうモリナガという町の雰囲気で頭は充たされていた。
当方フィルム映画や映写技師に詳しい訳ではないけれども、このコロナ禍で映写技師を志す若者も増えているのだとか。どんな業界でも後継者がいないという悲観はあれど、フィルムや映写機が「好き」という少年心に溢れた人の行動力には、なんだか元気を分けてもらっているような気がしてならない。
そういえば大学時代にミニシアターに足を運んでは、セレクトされた洋画を観て一緒に遊んでいた友人がいた。シアターには他のお客は2、3人程度。当時印象に残ったのは残虐なパパラッチが主役の映画「ナイトクローラー」。
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貧しさから始まる冒頭と残虐な行為を経て富を得た終盤で身につけていた腕時計が同じものであったことに、近場の喫茶で僕らは主人公の人間性を考察し合ったことを覚えている。そんな日が月に一回でもあることが何かのモチベーションになっていたりしたような。そんなミニシアターも商業化により今年で無くなってしまうのだそうだ。
今日は早く寝られる。
ありがとう、サウナ。