【アートの記録_0007】
私には定期的に行く場所がいくつかあるのだけれど、3つ挙げるなら、札幌のモエレ沼公園、瀬戸内の豊島美術館、新宿東口のビアカフェBERG。どれも、自分の中の何かが変わるときや、気持ちの整理が必要な時に行きたくなる場所だ。
豊島は瀬戸内海の直島と小豆島の間にある湧水に恵まれた緑豊かな島。最初に行ったのは、多分2013年の瀬戸内国際芸術祭だった。
豊島美術館は、小高い丘の中腹にある。緑の中に石膏のように白くて天井の一部に大きな穴のあいたドームのような建物と、林道のある庭というか小さな山があるだけで、作品がたくさん展示されているタイプの美術館ではない。丸いけど、左右幅に比べて天地が短い、ホットケーキのたねをひろげたようなとろりとしたドーム状の建物が、内藤礼の「母型」という作品だ。
中に入ってみると、柱はなく、ただ真っ白な空間がひろがっている。白いコンクリートの床。外界と内部を分ける壁は丸く天井につながり、かまくらのような感じ。大きく空いた穴からは日差しと風が入り、鳥の声や木々が揺れる音が反響する。
床には小さな穴がところどころ開いていて、そこから水がちょろちょろと湧いてくる。水は小さな丸になって床を転がり、途中でくっついてはスピードを増して流れ、さらに大きな水のかたまりに合体していく。転がるスピードも、合体の仕方も水滴によって違う。噴き出す場所が光の当たる場所だったら水滴もきらきらするし、風が当たる場所だと、波立つ。生まれて、ちっぽけなまま動き出し、まきとられたり、成長したりしながら、最後は海のような水たまりに吸い込まれて一体化していく。
床に座ったり、寝そべったりしながら、生まれる水滴を眺めたり、丸い開口部から入ってくる風を感じたり、真っ白な天井や壁と向き合ったり、揺れる細いリボンを探したりして、ゆったりした時間を楽しむ。ひんやりとした床が自分の体の熱を受け取ってくれて、少しきれいになれる気がする。
ここ最近はこの「母型」に包まれるためだけに、豊島に行っている。
知り合いが「心のきれいな人にしか見えない4本のリボンがあるのよ」と教えてくれた。開口部の直径を繋ぐような白くて長いリボンはすぐに見つかるけど、細い糸はなかなか見つからない。もう知ってしまったからすべて見つけられるけれども、毎回変わらず見えるかどうか、確かめている。
【内藤礼】日本の彫刻家。ひそやかで繊細な造形作品と、それを配置し鑑賞する緊張感のある空間からなるインスタレーション作品などを作成。(ウィキペディアより)
豊島美術館:http://benesse-artsite.jp/art/teshima-artmuseum.html
彫刻家だったんだ!と新鮮な気持ち...。「ひと」も好きだけど、やっぱり「母型」が圧倒的に好きだ。ライフワークとして豊島を追っているベネッセ社員の人が、湧き水と緑が豊かな島だった話、産廃の話、市民が自然を取り戻している話、母型を白くきれいにキープするのに手間がかかる話など、いろいろな話を教えてくれたから、さまざまな思いが加わって、ますます特別な場所になっていく。
トップの写真は「豊島美術館ハンドブック」とフェリー乗り場近くのレンタサイクル屋さんのおじさんからもらった四つ葉のクローバー。