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【アートの記録_0009】

資生堂の広報誌「花椿」が好きで、ふだん縁のないデパートのコスメコーナーにハナツバ(なぜか「キ」だけ略して呼んでいた)をもらうためだけに通っていた。おしゃれがつまってて、デザインやフォントや写真やインクの香りが素敵で、こんなハイクオリティなものがタダでもらえるなんて…と、当時も今も思う。資生堂=おしゃれの殿堂というイメージが刷り込まれてしまっていて、今も花椿ロゴをみるだけできゅんとしてしまう。

そのハナツバで、森万里子を知った。虹色の玉のような、しゃぼん玉っぽい幻想的な写真のページだった気がする。時期的には90年代後半、「ドリームテンプル」のころだと思うのだけれど、ほとんど覚えていない。ただ、ハナツバの森万里子ページを見せて「こんなイメージで撮影したい」と言ったら、「服じゃないほうがいいかもね」といって、スタイリストさんが綺麗な布で衣装をつくってくれたことと、「スタイリストさんは服を集めてスタイリングしてくれるだけじゃなくて、服をつくることもしてくれるんだ!」と感動したことを覚えている。

部署異動したときにヤケをおこして荘苑とハナツバを全部捨ててしまったので、確認できないんだけれども、とにかく当時の私は、そのページの森万里子作品(かどうかもわからない、そのページ)が好きだったのだ。

その後日本でも個展をしていたようだけど、そのころはまだ展覧会にそれほど行く習慣がなかったし、森万里子のことはすっかり忘れてしまっていた。再び出会ったのは、10年以上たってからアートフェスのマップで名前を見つけて山奥の作品を見に行った時だった。

山道を登っていくと、緑色の池があり、その中央に白濁した、ガラスできた石碑のような、墓石のようなものが建っていた。それは、スーパーカミオカンデ(宇宙の素粒子を観測するマシン)と接続され、星が爆発したときに発せられるニュートリノに反応して光る。作品名の「トムナフーリ」は古代ケルトの「霊魂転生の場」のことで、魂が次の転生までの時を過ごす場所のことを指すらしい。

しばらく見ていても光らなかったし、受付を担当しているボランティアの人に聞いてみても、光っているのを見たことがないと言っていた。そんなにしょっちゅう星は死なないのかもしれないし、遠すぎる星からは届いてもささやかなのかもしれない。

宇宙とつながっている薄白いアンテナが、藻と水草で覆われた深緑の滋養豊かそうな池の中にひっそりと立っている姿は静かで厳かだった。実際は夏の虫がわんわん鳴いていたけど。

いつかトムナフーリが光る姿に立ち会えたらいいな、と思っている。あと、あの時のハナツバに載ってた作品とも会いたい。きっと観たら思い出すと思うから。

【森万里子】マルチメディアインスタレーション分野で活躍する現代美術家。世界各地の美術館や個人コレクターがこぞって作品を収蔵・収集してきた国際的に高く評価されたアーティスト。2005年の『ヴェネツィア・ビエンナーレ』に出品されたインタラクティブ・インスタレーション『WAVE UFO』で広く世に認められた。(シンラネットほかより)


今回調べなおすまで、この池にたたずむ作品は大地の芸術祭のどこかで観たのだと思い込んでいた。もしくは水土か…。記憶というものは大体においてあいまいなものだなあと実感。そういえば、この作品の流れで、ボルタンスキーの風鈴を観たんだっけ… 記憶の糸を手繰るのは時間がかかるけど、楽しい。どこかで観たものや経験したものは静かに体のどこかに蓄積されていて、再び刺激を受けるとじんわり浮上してくる。その時に書き留めないと、また沈んでしまう。記録って大事だな、と改めて思った。

トップの写真は最近の花椿と、資生堂ギャラリーのスタンプカード、スタンプをためるともらえるマグネット。


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