親愛なるあなたへ【1:2:0】GL版
沙耶香:
マリ:
綾人:
綾人:親愛なる紗耶香さん。
秋の風が肌に触れ、木の葉が静かに舞い落ちる季節となりました。その寂しげな風景を眺めながら、ついあなたのことを思い浮べてしまいます。もしこの静かなひとときに、あなたが隣にいてくださったなら、どれほど心が慰められることでしょう。紗耶香さん、どうか教えていただけませんか。次にお目にかかれるのは、いつのことでしょうか。この寂しさも、沙耶香さんにお会いできる日を想うことで乗り越えられるような気がいたします。どうぞお体をご自愛くださいませ。紗耶香さんのお幸せを、いつもお祈り申し上げております。かしこ。
紗耶香:貴女の婚約者 綾人より愛をこめて、ねぇ。ばっかみたい。マリ、捨てておいて。
マリ:よろしいので?
紗耶香:別にいいわよ。久しぶりに手紙を寄こしてきたと思ったらなにこれ。つまり私から婚約者様に会いに来いということでしょう?嫌よ、会いたいのなら自分から来ればいいじゃない。
マリ:またそのようなことをおっしゃる。
紗耶香:いいのよ別に。私にはマリがいればそれでいいの。
マリ:…。
紗耶香:ね?来てマリ。
マリ:…。
紗耶香:マリ?
マリ:…はぁ。
紗耶香:ふふ、マリはいつもいい香りがするわ。
マリ:それはどうも。
紗耶香:マリが私の婚約者になればいいのに。そうすれば私たちずっと一緒にいられるのにね。
マリ:私は嫌ですね。
紗耶香:え?
マリ:わがままばかりのお嬢様となんて金銭をいただいた上でないと仲良くできる気がいたしません。
紗耶香:相変わらず冷たいわね。
マリ:当然の距離感です。では、私は仕事に戻りますので。手を離していただけますか。
紗耶香:はあい。
マリ:失礼します。
マリM:一礼をした後、部屋を出る。お嬢様はひらひらと手を振って私を見送っていた。私はその足で暖炉のある部屋へ向かい、手紙をぐちゃぐちゃに丸め暖炉の中に投げ入れた。それから数か月後。
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綾人:あぁ、マリさん。
マリ:高城様、ようこそお越しくださいました。
綾人:紗耶香さんは?
マリ:紗耶香様は現在ピアノの稽古の最中です。
綾人:そうですか。では少し待たせてもらおうかな。
マリ:承知しました。では、こちらのお部屋へ。…呼んでまいりますので少々お待ち下さい。
綾人:あ、マリさん。
マリ:はい、どうなさいましたか?
綾人:あ、いえ大した用ではないのです。紗耶香さんとなかなか会うことがかなわないのですが、近頃はお忙しいのですか?
マリ:そうですね、高城様に釣り合う令嬢になるべく日夜稽古に励んでいらっしゃるので。
綾人:そうだったんですね。忙しい中尋ねてきてしまいもしかして迷惑だったでしょうか。
マリ:そのようなことはないかと。お嬢様も高城様が直々に会いに来てくださったことをとてもお喜びになるかと。
綾人:そうだといいのですが…。あ、すみません長々とお引止めして。
マリ:いえ。では声をかけてまいります。今しばらくお待ちくださいませ。
綾人:はい、よろしくお願いします。手が空きそうになければ後回しでかまいませんので。
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マリ:失礼いたします。
紗耶香:あら、珍しい。今は稽古中よ。急ぎの用事?
マリ:高城様がいらっしゃいました。
紗耶香:これまた珍しい客人ね。
マリ:客室にお通ししましたのでお向かいください。
紗耶香:気が乗らないわ、稽古が立て込んでいて時間が割けそうにないとでも言って帰ってもらって頂戴。
マリ:手が空くまでずっと待たれるおつもりですよ。
紗耶香:なら、飽きるまで待っていてもらえばいいじゃない。
マリ:またそのようなことをおっしゃる。紗耶香様のご婚約者さまですよ。
紗耶香:親が勝手に決めた、婚約者ね。
マリ:…。
紗耶香:とにかく今日は気分ではないの。帰ってもらって頂戴。
マリ:…承知しました。
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マリ:失礼いたします。
綾人:あ、マリさん。紗耶香さんは?
マリ:大変申し訳ございません。本日は夜分遅くまで予定が立て込んでいるので高城様にお待ちいただくのは申し訳ない。大変心苦しいのですが後日埋め合わせをするので本日はお帰りください、と。
綾人:今日は紗耶香さんの気が乗らないのですね。
マリ:あ、いえ、そのようなことでは。
綾人:正直に言っていただいてかまいませんよ。
マリ:…申し訳ございません。
綾人:あぁ、いえ、マリさんが謝ることではないんですよ。すみません。
マリ:後日必ず埋め合わせの時間を作らせますのでその際はお時間をいただけますとお嬢様もお喜びになります。
綾人:いえ、紗耶香さんもお忙しいでしょうし また時間が合えば伺わせていただきます。
マリ:大変申し訳ございません。必ずお手紙を送らせていただきますので。
綾人:わかりました、心待ちにしていますね。
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マリ:ということがございましたので、高城様に一筆おねがいします。
紗耶香:あら、気づいてたのね。マリも正直に話しちゃうなんてひどいわ。
マリ:そろそろお会いになってはいかがですか。
紗耶香:あの人何を考えているのかわからないのよね。
マリ:優しい紳士だと思いますけどね。紗耶香様のわがままにも嫌な顔一つしませんし。
紗耶香:そう、それ!何をしても、いいですよって言うの。どんな扱いをしても怒らないのよ。おかしいわ。
マリ:あまりに適当に接していると婚約破棄されますよ。
紗耶香:それが目的なのだから別にかまわないわ。
マリ:どうしてですか?結婚相手としてこれほどまでに良い方はいないと思うのですが。
紗耶香:何を考えているかわからない殿方と一生を添い遂げるなんてできないもの。
マリ:このわがまま女。
紗耶香:ふふふ、そうよ私、我がままなの。簡単に手に入る人よりもあなたみたいに私を嫌悪している人が私のことを好きで好きで仕方なくなるのを見るのが好きなの。
マリ:本当に悪趣味でいらっしゃる。
紗耶香:そんなに褒めたってなにも出ないわよ。来て、マリ。
マリ:私はあなたに落ちたわけではありません。
紗耶香:あら、そうなの?私てっきりあなたが私のことを好きだと思っていたわ。
マリ:馬鹿を言わないでください。こんな傍若無人な人は私のタイプではありません。
紗耶香:ならあなたはどんな人が好きなの?
マリ:お嬢様とは正反対の方ですかね。話を素直に聞いてくれてちゃんと人と向き合おうとする方が好きです。
紗耶香:あらひどい。私だってちゃんと向き合ってるじゃない。
マリ:どこがですか、高城様にあんな態度で接しておいて。
紗耶香:好きじゃない人に優しい態度をとれるほど私は人間出来ていないわ。
マリ:なら私のことも好きじゃないじゃないですか。
紗耶香:こんなに私はあなたに好意を伝えているのに?
マリ:でしたら私を困らせないでください。
紗耶香:どうすれば私のあなたへの好意が伝わる?
マリ:そうですね…。まず高城様に手紙を書いてください。それからちゃんと向き合ってください。
紗耶香:そうすればマリは私のことを好きになってくれる?
マリ:…ええ。
紗耶香:わかったわ、今日は下がってちょうだい。
マリ:失礼いたします。
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マリM:次の日の朝お嬢様を起こしに行くと、既に布団から抜け出し身支度をしている最中であった。
マリ:おはようございます。今朝はずいぶんと早起きですね。
紗耶香:おはよう。
マリ:どちらかへお出かけですか?
紗耶香:ええ、綾人さんのところへ行こうかと思って。
マリ:え…?
紗耶香:なにかおかしなことを言ったかしら。私の婚約者なんだからいつ会いに行ってもいいでしょう?
マリ:ええ、そうでしょうが…本日ご在宅かは確認されましたか?
紗耶香:私が会いに行くのに家にいないなんてことあるかしら?
マリ:そういうところですよ。もしそれで会えなかったとしても会いに行ったうちには入りませんからね。
紗耶香:でも綾人さんはいつもなにも言わずに屋敷に来るじゃない。
マリ:いいえ、ご連絡いただいていますよ。
紗耶香:え、いつ!?
マリ:いつもお越しいただく際にはお電話にて一報いただいてます。
紗耶香:そうなの!?マリ、確認の電話を入れてくれる?
マリ:承知しました。
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マリ:…はい、そういうことですので。はい、いつも申し訳ございません。はい、お待ちしております。はい、失礼いたします。
紗耶香:どうだった?
マリ:高城様がこちらへいらっしゃるそうですよ。
紗耶香:え!?
マリ:お出迎えの準備をしなくては。お嬢様、たまには…
紗耶香:(かぶせて)ならたまには手作りのお菓子でも召し上がっていただこうかしら。マリ、手伝ってくれる?
マリ:…えぇ、はい。
紗耶香:どうしたの?
マリ:いえ、随分な変わりようだなと。
紗耶香:婚約者をもてなすのは当然のことだわ。お菓子は何がいいかしら。
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綾人:お邪魔します。紗耶香さん、お久しぶりです。
紗耶香:お久しぶりです、綾人さん。せっかく訪ねてきてくださったのにお会いできずすみません。
綾人:いえ、お元気そうで何よりです。
紗耶香:そうだわ、今日綾人さんがいらっしゃると聞いてお菓子を焼いたの。温室で食べません?
綾人:え、そうなんですか。嬉しいです。ありがとうございます。
紗耶香:実はもう用意させていますの。どうぞ、こちらへ。
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綾人:立派な庭園ですね。
紗耶香:そうでしょう?庭園自体は母の趣味なんですけどこの一画は私の庭なんですの。どうぞ、お入りください。
綾人:美しいですね。みな綺麗に手入れされている。少し見て回っても?
紗耶香:もちろん。
綾人:ん?ここの区画。
紗耶香:あぁ、そこはお気に入りの花を植えていますの。
綾人:この花は…アイリスですか。
紗耶香:おわかりになるの?
綾人:えぇ、といってもこの花だけですが。この花の元になったといわれる神話が忘れられなくて。
紗耶香:どんなお話ですの?
綾人:その昔、イリスという美しい侍女がいたんです。ですがその美しさが全知全能の神ゼウスの目に留まり毎日求愛を受け困っていたんです。
そこで彼女はゼウスの妻であるヘラにゼウスの目に留まらないくらい遠くへ行きたいと頼んだ。ヘラは彼女に、七色に輝く首飾りをかけ、酒を三滴頭上に振りかけ虹の女神に変えてしまいました。
紗耶香:そんなことができるの!?
綾人:神様だからね。やがて、その頭上の酒のしずくが落ちたときにうまれたのがアイリスと言われているんだ。
紗耶香:そんなお話があったなんて知らなかったわ。
綾人:この話は本で読んだんですけど、初めて読んだ時嬉しいと感じたんです。
紗耶香:嬉しい?
綾人:ええ、イリスが本当に困っているとき解決の手助けをしてくれる存在が近くにいたということでしょう?そういう時自分の旦那ではなくその人を罰する神様だっているのに気性が荒いことで有名なヘラが耳を傾けゼウスの手が届かないところに逃げる手助けをしてくれたんです。それからはこの花がどうにも気になってしまって。
紗耶香:そうなんですね。
綾人:あ、すみません僕ばっかり話しちゃって。紗耶香さんはどうしてこの花が好きなんですか?
紗耶香:私は、子どもの頃とても体が弱くてよく熱を出して寝込んでいたんです。そしたらある日、マリがこの花をお見舞いにと持ってきてくれて。なんだかそれがとても嬉しくて…いつの間にか私の一番好きな花になっていたんです。
綾人:紗耶香さんはマリさんのことをとても大切に思っていらっしゃるんですね。
紗耶香:そうですね、マリは家族以上に私にとってとても大切な存在です。
綾人:あの、紗耶香さん。
紗耶香:…はい。
綾人:僕もいつかマリさんと同じ存在になれるように努力します。だから、僕と結婚してくれませんか。
紗耶香:…っふふふ、わざわざ求婚なさらなくたって私たち結婚するじゃないですか。
綾人:そうなんですが…。
紗耶香:マリと同じ存在になるなんておこがましいわ。…だけど、あなたのこともう少し知ってみてもいいのかもしれないと思ったの。だからもう少し話ましょう、お互いのこと。あなたのことをもっと私に教えてくれないかしら?
綾人:はい、もちろんです。
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マリ:ご歓談中失礼致します。お茶をお持ちしました。
沙耶香:ありがとう。あ、このスコーン私が初めて焼きましたの。お口に合うかはわかりませんがよかったらお召し上がりになって。
綾人:そうなんですね、ぜひいただきます。…うん、とてもおいしい。本当に初めてですか?
沙耶香:恥ずかしながら今までお菓子を焼いたことがなくてマリに少し手伝ってもらいましたの。ですが生地を混ぜたり焼き上げたのは私がやりましたのよ。
綾人:それにしたってとてもおいしいです。
沙耶香:お口にあったようで良かったです。
マリ:……。
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マリ:随分と高城様と仲を深められたのですね。
沙耶香:あなたの言う通り向き合って話してみたら存外話があったのよ。とても良い方ね。今まできちんとお話をしなかったのがとても悔やまれるわ。
マリ:そうですか。
沙耶香:来月、軽井沢へお出かけをする約束をしたの。この時期だとまだ少し肌寒いかしら。マリ、当日までに羽織を準備してちょうだい。
マリ:……承知しました。
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紗耶香:綾人さん!
綾人:紗耶香さん!マリさんも。おはようございます。
マリ:高城様、おはようございます。
紗耶香:本当に一緒に連れて行っていただいてかまいませんの?マリまで同じ車なんて。
綾人:もちろんです。マリさんも一緒についてきてもらったほうが紗耶香さんも不便がなくていいでしょう。
紗耶香:まぁ、ありがとうございます。
マリ:ご配慮ありがとうございます。
綾人:いえ、さぁ行きましょうか。軽井沢までは遠い。
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マリM:軽井沢まで向かう車中、紗耶香様は高城様と仲良くご歓談されていた。一見すれば仲睦まじい二人だ。だが、今までの紗耶香様のあの態度からの今のこの変貌ぶり。一体何を考えているのだろうか…。きっかけがあったとすればあの日の夜か。だが、あんなに毛嫌いしていた人間に掌を返して仲良くできるものであろうか。
紗耶香:マリ…?大丈夫?
マリ:は?何がですか?
紗耶香:さっきから呼びかけても返事がないしずっと遠くを眺めているから。車に酔った?
マリ:…あぁ、申し訳ございません。慣れない車移動で少し酔ってしまったようです。
綾人:大変だ、今すぐ車を止めて外の空気を吸うかい?
マリ:お気遣いいただきありがとうございます。大丈夫です。
綾人:そうかい?きつくなったらすぐに言うんだよ?もうすぐ到着するからもう少しだけ我慢して。
マリ:…ありがとうございます。
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綾人:お疲れさまでした。
紗耶香:いい空気。マリ、大丈夫?
マリ:ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。
綾人:少し休んではどうですか?
マリ:私は大丈夫です。夕食の準備をいたしますのでお二人で散策でもされてはいかがですか?
紗耶香:…綾人さん、少し歩きましょう?
綾人:ですが…。
紗耶香:いいのよ、こう言い出したらマリは下がらないのよ。マリ、しんどくなったらちゃんと休むのよ?
マリ:はい、ありがとうございます。
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綾人:紗耶香さん、こっちです。今日ここに一緒に来てほしくて。
紗耶香:わぁ、綺麗。ここは?
綾人:教会です。初めてここを訪れたとき、夜空と蝋燭がとてもきれいで。紗耶香さんと一緒に来れたらな、と。
紗耶香:とても綺麗ですね。それに初めて軽井沢に来たのだけど空気がとてもおいしいのね。
綾人:そうですね、紗耶香さん肌寒くはないですか?
紗耶香:大丈夫です、ありがとうございます。
綾人:そうですか、寒くなったらいつでも言ってくださいね。
紗耶香:綾人さんはいつも優しいですね。
綾人:そんなことないです、僕は好きな人にしか優しくしたくないんです。
紗耶香:…ありがとうございます。
綾人:紗耶香さんは、僕のことをどう思っていますか?
紗耶香:私にとって綾人さんはとても特別な方ですよ、だって私の婚約者ですもの。婚約者とはそういうものでしょう?
綾人:…そうですね。紗耶香さん。僕は紗耶香さんを大切にすると誓います。苦労も絶対にさせません。だから、僕を選んでほしい。
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マリM:ここ最近の紗耶香様は変だ。以前ならこういう時無理にでも私を連れていくか一緒にはついていかず私にべったりとついて回っただろう。今頃、高城様とお二人で散策を楽しんでいるはずだ。…このもやもやとした不快な気持ちは何だろう。嫉妬?まさかこの私が?私のことを散々好きだと言っておきながらいい雰囲気になったらあっさりと婚約者に乗り換えるのか。いや、乗り換えるはおかしいか。もともとあの二人は婚約者同士なのだ。でも、あの夜以降私をあの声で私を呼んで抱き留めることはなくなった。私があんなことを言ったからこんなことになったのだろうか。あんなことを言わなければよかったのか。そうすれば今も私の隣に紗耶香様はいたのだろうか。あんなにうっとおしいと思っていたあの時間が今ではあの時間を欲している自分がいる。馬鹿馬鹿しい。どうせ、一緒になることなんてできないのに。
マリM:それからほどなくして二人は帰ってきた。そして告げられたのだ。
紗耶香:マリ、私ね綾人さんと一緒になることに決めたわ。
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紗耶香:いよいよ明日は結婚式かぁ。
マリ:明日に響きますので早くおやすみください。
紗耶香:そうね。
マリ:…。
紗耶香:マリ?
マリ:はい。
紗耶香:どうかした?
マリ:いえ、なにも。
紗耶香:そう。…マリも明日早いんだから早く休みなさい。
マリ:…はい。
紗耶香:なに?私が結婚するから寂しいの?あなたそんな人だった?それに離れ離れになるわけじゃないじゃない。変わらずに私付きの使用人なんだから。
マリ:そうですね、ではおやすみなさいませお嬢様。
紗耶香:ええ、おやすみなさい。
0:閉まるドアを見送る
紗耶香:…。
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綾人:紗耶香さん、とても綺麗です。
紗耶香:ありがとうございます。
綾人:あ、まだ準備がありますよね。すみません、またあとで。
紗耶香:ええ、また後で。
0:綾人と入れ替わりでマリが入ってくる
紗耶香:…マリ。どう?とても綺麗でしょう?
マリ:…ええ、とてもお似合いです。
紗耶香:マリ、こっちに来て?
マリ:…。
紗耶香:マリ?
マリ:ご結婚、されるんですね。本当に。
紗耶香:そうよ。
マリ:ずっと、あんなに高城様のことを遠ざけていらっしゃったのにどうしてですか?
紗耶香:あなたが言ったんじゃない。ちゃんと人と向き合えって。向き合ってみたらとても良い人だってわかったのよ。
マリ:…私があんなことを言わなければよかったんですか?
紗耶香:マリ?
マリ:私があんなこと言わなければよかったんですか?
紗耶香:どうしたのよ、急に。あなたらしくない。
マリ:あなたのせいです。あなたのせいで毎日が苦しいんですよ。こんな気持ち知りたくなかった。あなたのことが嫌いで嫌いで仕方なかったのに。どうして…。
紗耶香:ふふふ…
マリ:なにを笑ってるんですか。
紗耶香:いいえ、マリ、気づいてる?今のあなたの顔。私のことを好きで好きで仕方ないって顔してる。
マリ:…っ。そうですよ!!!あなたのことが好きです。あなたが高城様との結婚が決まったあの日からどうにかなりそうです!!!
紗耶香:ふふ、あはははは!!!
マリ:なに笑ってるんですか!!!
紗耶香:いいえ、やっと私の手中に落ちたな、と思って。
マリ:え?
紗耶香:言ったでしょう?私のことを嫌っている人が私のことを好きで好きで仕方なくなるのがいいんだって。
マリ:性格が本当に曲がってらっしゃる。
紗耶香:ふふふ、でもそんな私のことが好きなんでしょう?
マリ:そういうところ大嫌いです。
紗耶香:嘘つき、大好きなくせに。
マリ:…。
紗耶香:それにしても、私の演技力大したものじゃなくて?
マリ:え?
紗耶香:あなたが言ったんじゃない、ちゃんと人と向き合う人が好きだって。
マリ:…。
紗耶香:あなたに好かれたくてやってみたんだけどどうだった?
マリ:最低です。
紗耶香:でも、そのおかげでマリが私のこと好きになってくれたんだから好きなタイプっていうのは本当だったのね。
マリ:そういうことじゃないです。
紗耶香:細かいことは言いっこなしよ。ねぇマリ、こっちに来て。
マリ:…はい。
0:そっと抱きしめられる
紗耶香:ふふ、体がこわばってる。
マリ:当たり前じゃないですか。
紗耶香:毎日こうやってたのに慣れないの?
マリ:あの時と今の状況は違うじゃないですか。
紗耶香:…ねぇ、マリ。このベールあげてくれる?
マリ:…はい。
0:マリ、ゆっくりと紗耶香のベールを持ち上げる
0:紗耶香、マリにそっとキスをする
紗耶香:私とあなたの秘密よ。
マリM:風がたなびいてカーテンと共にベールが舞う。性格の悪い私の主人は意地の悪い笑顔を一つ浮かべた。私たちの関係は許されるものではない。それでも今この瞬間だけは、この人を独り占めしたい、と。そっと抱きしめてくれる感触を、愛おしそうに名前を呼んでくれるこの一瞬の幸福をかみしめたのでした。