【マレーシア留学】外国で育つ若者の行く末を 祈るわたしはプータローだった
前回のマレーシア留学記はこちら
-韓国人キッズin マレーシア-
以前にも書いたように、
わたしがマレーシアで行った語学学校には韓国の12-17歳くらいの生徒がたくさんいた。
とても仲良くなって、みんなかわいかった。
だからこそ、ついつい…
まだこんなに幼いキミらが長期間、
親元を離れて外国で、ランダムに入れ替わる大人と共同生活をするっちゅうのはどうなんかい?
それは吉と出るんかい?と悩んでしまった。
だって、ホグワーツみたいな厳格な寄宿学校とは全然ちがう、ただの語学学校よ。(ホグワーツも安全じゃないけど)
ルームメイトは、その語学学校の生徒や先生。
よその子の情操教育や安全なんか知ったこっちゃない連中よ。(わたし含め)
あの子たちの、
はじめは笑顔も見せてくれなかったのに、仲良くなったあとはいつもくっついて触れていたがったり
どこにでもついてきたがるところとか、
楽しそうにふざけてプールに落とされて、
ケータイが水没して火がついたように泣くところとか、
「ボクは毎日酒に酔った日本人のルームメイトを介抱してあげているんだぞ!」となぞにドヤって言うところとか、
なんかぜんぶが危なっかしくて、痛々しくって、
心配だった。
-ギャンブルだよね人生は-
つってもわたしも一般的な感覚よりは早く親元を離れた方。
進路選択というギャンブルで、わたしは親同意の元ちょっとマイノリティでおもしろそうな方を選んでみた。ノリの向くままに。
(覚悟も目標もなく気が向いた道に行くのは今も変わらないわたしの性分なので、振り返るとこの選択はとても自分っぽい)
だから、ほんと、彼らの状況をジャッジする資格なんて全然ない。本当にない。
じっさい正解も不正解もないし。
安全そうで堅実そうな選択をしても
ときにたった1人の登場人物や、たった一度の出来事でもとんでもないことになってしまうのが人生だし。
いい意味でも悪い意味でも。
だからそう、とやかく言う資格はない。
ただ心配なだけ。
だからよく勝手に祈っていた。
彼らに何事も起きませんように、じゃなくて
いい人間しか現れませんように、でもなくて……
あぶない橋をわたっても落ちないで。
うっかり闇を覗いても帰ってきて。
みんな生き残りますように!
そんなかんじで祈ってた。
-あっという間に時は過ぎ-
わたしがマレーシアを発つ日、
女の子たちが手紙やバッジをくれた。
あれから10年。
あのときの少女の1人とわたしは今もまだSNSでつながっている。
メッセージのやり取りはもう長年していないけど、定期的にアップされる大人になった彼女の写真を見るとうれしくなる。
病んでるっぽい投稿を続けた末いつのまにかfacebookから姿を消した子もいたけど、わたしがアンフォローされただけで今本人は元気でやってると思いたい。
そのほかの子たちも、みんなみんな元気でやってるといいな。
-エンディング-
そんなかんじでおせっかいな祈りを捧げていたわたしだったけど、
プータローだし
大学出てないし
英語ヘタだし
KFC知らなかったし(くわしくは下記記事)
クレジットカード使えないし(理由は下記記事)
あの子たちから見たら私の方が
「この大人…詰んでいる!」ってかんじだったかな?
おーい、みんなー、
わたしも生きてまーす。
いつかどこかでまた会えたらすごいね!
そんなかんじで、
いろんな環境で生きる全ての子どもたちのたくましさを願って、今日のエンディング曲はこちら
♪チャッチャッチャララララー♪