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【短編】横取り

小走りで前を行く人を追い越す際、肩をぶつけてしまった。
「あ、すみません!」
急いでいる私には立ち止まる余裕はなく、ぶつけた人を見もせず走りながら謝った。

一方、ぶつけれた人はずっと走り去る後ろ姿をみていた。

早く行かねば…気持ちが焦る。
人の波を掻き分けやっとたどり着いた店。
店員さんに「あの、、、まだありますか?」と、尋ねた。

やっと買えた!
もう後少し遅かったら売り切れていたかも知れない。残りは僅かだった。
知人から頂いて以来、すっかり虜になったパン。しかし幾度となく店に足を運ぶものの、数に限りがあるので常に売り切れてしまう人気のパン。
今日は早くに家を出た。それでやっと買えたのだ。

外はカリカリで、中はふわふわ。もちろん食べると、口いっぱいに広がるバターと蜂蜜の風味が広がるパン。
“不思議な食パン”と言う名の通り、口の中で食感と風味が混ざり合い、鼻腔から甘い香りが抜ける。
それが忘れられなかった。

あぁ〜やっと、やっと買えた!
早く家に帰って食べよう。
紙袋の中の食パンを覗き込む。

浮足立つ私を信号が止める。
あぁ信号よ、早く変われ!

その時、不自然に体が傾くのがわかった。
…え?
な…に?
誰かに背中を押されたような…まさか。
そう思うと同時に、私は意図せず車道に投げ出された。

けたたましい自動車のクラクションが鳴り響く。

「大丈夫ですか?」
「怪我はないですか?」
信号待ちをしていた人達が集まってくる。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます…あ、あれ?」
パンはどこに行ったのだろう…見当たらない。
「どうかしましたか?」
隣で介抱してくれた年配の人が尋ねてきた。
「あの…私パンを買って持っていたのですが…紙袋に入った…」
皆、探してくれているがそれらしいものは見当たらない。
「そんな…。やっと買えたのに…なぜ?どこへいったの?」

車道に倒れるわ、食パンは見当たらないわで、散々な目にあった。
なぜこんな目に合わねばならぬのか。
とっさに道路についた掌は少し擦りむき血が滲んでいる。
泣きそうになるのを下唇を噛み締めグッと堪えた。


…その一部始終を離れた所から見ている女がいた。あの肩をぶつけられた人だった。


「…あの女が私にぶつかってこなければ…私が買えていたのに。だからこれは私のものなの。ふふふふ…」
大事そうに食パンの入った紙袋を抱え、一人で呟いていた。