補う
とある村に独りで住む男がいた
男は言う
“私にはまだ知らないことがある”
それが男の口癖だった
だけどその村には男の“知りたいこと”を答えられる者はいなかった
また男とは別の村に独りで住む女がいた
女は言う
“私には知らないことはない”
それが女の口癖だった
だけどその村には女の“知っていること”を訪ねにくる者はいなかった
ある日
村から西の山を一つ越えた別の村にあるマーケットへと男は食材を買い求めに出掛けた
女もまた東の川を越えた別の村にあるマーケットへと食材を買い求めに出掛けた
マーケットで男は赤い小さな実を手にしたまま
(これはなんだ?)と考えこんでいた
自分の住む村にはない実だったからだ
そこへ“知らないことはない女”がやってきて
「それは幸せになれる実よ」と“まだ知らないことがある男”に言った
「幸せになれる実ですか?」と男は繰り返した
「ええそうよ」と女は言った
二人は暫く赤い小さな実を見つめた後
二人で微笑んだ