桂伸衛門 作「まんじゅう屋」
「おかしいんだよなあ。今どきこんな饅頭が一個五十円で売れるわけないんだよ。なにかあるんだよ、きっと。(食べる)・・・うまいんだよなあ。おかしいよ。こんなうまい饅頭が五十円だなんて。なんか変なもんが入ってんじゃないかな・・・だけど目の前で作ってんだよなあ。また職人がいいナリしてるよ。作務衣に前掛けさげて、はちまきして。いかにも旨いもん作りそうだもんなあ。使ってるのは小豆と砂糖と塩と小麦と水。材料にもこだわってるんだろうな。だけどこういう店に限って、売ってる人の感じが悪いとか、意識高い系によくあるドライな感じがあったりするんだけど・・・いい笑顔だなあ。なんていい笑顔なんだろう。吸い込まれそうだな、あの笑顔に。職人の奥さんかなあ。あの笑顔だけでも五十円払う価値があるよ。どうなってるんだろうなあ。ちょっと聞いてみようか。あの、すいません」
「はい。あー、先程はどうも有難うございます」
「あ、どうも。あの、ちょっと聞きたいことがありまして」
「はい、なんでしょうか?」
「変なこと聞くようなんですけど、このお饅頭、なんでこんなに安いんですか」
「あー、それですか。いえ、よく聞かれるんですよ。たいした理由はないんですけどね。うちは別のところで30年商売をしてたんですが、そこのビルが取り壊しになってしまいまして、こちらに越して来たんです。私達が二代目なんですが、値段は創業当時から変わらないんです。よく値上げしてもいいんじゃないかって言われるんですけど、うちはこの通り小さな店で夫婦二人っきり。個包装もしなければ箱もない。駅からも離れてますから家賃もお安いでしょ。小さなお子さんからおじいちゃん、おばあちゃんまで気軽に食べて頂きたくてこの値段なんです」
「へー、そうなんですか。あ、やっぱりお二人はご夫婦だったんですね」
「はい。うちの人が先代の息子で、私は従業員だったんですけど、饅頭屋だけに玉の輿(こし)に乗りまして・・・といっても、うちはつぶあんなんですけどね」
「はい、ごめんなさい。ちょっとあなた!まだ五十円で売ってるの?この間言ったでしょ、安すぎるって。安けりゃいいってもんじゃないのよ。適正の価格ってものがあるんだから。ここのお饅頭なら安くても120円。150円だっておかしくないわ。こんなに素材にもこだわって美味しいんだから。それが何よ、50円って。どういうつもりなの。あ、わかった。この町にある老舗のお饅頭屋さんを潰そうっていうんでしょ。いい、あちらのお饅頭屋さんは創業60年で、創業以来一切変わらないごく普通の味で、添加物だってしっかり入ってるの。一週間経っても味が変わらないんだから。だけど値段の方は年々上がって、今では一個160円。あちらはごく普通のお饅頭が160円。こちらは素材にもこだわった美味しいお饅頭が、小ぶりとはいえ一個50円。誰だってこっちに来るじゃないの。あ、そうか。あちらのお店が潰れてここ一軒になった途端に値段をぐーんと上げようっていうんでしょ。そうでしょ。正直に言ってごらんなさい。私、町内の婦人部長してるから、顔が広い上に口が軽いから、悪い噂はあっという間に広がっちゃうわよ。だけど正直者は好きだから、正直に言ったら黙っててあげる。どうなの?何ニコニコしてんのよ。その笑顔には騙されないわよ。正直に言言いなさい。え?値段を上げるつもりはない?本当なの?ふーん、そうなの。じゃあ頂戴、30個。(男に)何びっくりした顔してんのよ。美味しいのよ、ここのお饅頭。それに安いから近所の方にもおすそわけできるし。ま、30個一人で食べちゃうけどね。あ、できた?じゃあ、ここに置くわね。有難う。またね」
「あー、行っちゃった。あの人さんざん文句言ってたのに、30個も買って行きましたね」
「はい、あちらは一番のご常連さんなんです」
「どうもこんにちは。あ、おかみさん、お世話になっております。先日は急に失礼致しました。私、丸大デパートの副チーフバイヤーの佐々木でございます。覚えていてくださいましたか。有難うございます。ええ、先日お話しした件、考え直して頂けませんか。今度手前どものデパートで行います『全国大饅頭サミット2021』に、こちらのお店にもぜひ出店して頂きたいんですよ。こちらが出てくだされば、きっと盛り上がると思うんです。もちろん全国に名の通った有名店も多数出るんですが、知る人ぞ知る隠れた名店というのが、こういった企画にではウケるんですよ。かえってそういったお店の方が口コミなんかで評判になって一番の売上になるなんていうこともあるんです。いかがですか、もう一度考え直して頂けませんか。じゃあ、もう正直に言いましょう。私、惚れたんです!いや、おかみさんにじゃないですよ。お饅頭にです。口に入れた瞬間に広がる、どこか懐かしい、それでいてご主人の腕と素材の良さからくる洗練された味。それを小ぶりとはいえ一個50円で売るという、にわかには信じ難い話。これはもう奇跡としか言いようがありません。丸大デパートの副チーフバイヤーとしては手ぶらで帰るわけにはいかないんです。この通り、お願いです。全国大饅頭サミット2021に出店してください・・・だめですか?でも手ぶらでは帰れないんですよ。じゃあ、こうしましょう。お二人の無理のない個数だけでも結構です。超少数限定販売ということで売らせて頂く。・・・だめですか・・・どうしても。わかりました。手ぶらじゃ帰れませんから、お饅頭5個ください・・・はい、有難うございます。じゃあ、また来ます」
「行っちゃったよ。あの人、手ぶらじゃ帰れないからって、饅頭5個買ってもしょうがないんじゃないかな」
「あの方、もう20回もお見えになってるんです」
「おう、ごめんよ。どうなってんだ、おめえんとこの饅頭は。一個50円なんていうからおかしいと思ってな、まずは素材を疑ったよ。食ってみてわかった。無添加だろ。やっぱりそうか!わかるんだよ、こっちはプロだからよ。それにあの小豆、北海道産だろ・・・やっぱりそうか!わかるんだよ、こっちはプロだからよ。小麦は産地まではわからなかったが、国産じゃねえのか?やっぱりそうか!わかるんだよ、こっちはプロだからよ。それに砂糖。なんだかんだ言っても砂糖が肝心なんだよ。言ってみりゃあ、饅頭なんてえのは砂糖のかたまりだからな。口の中に放り込んだ途端にふわ~っと甘みが広がったかと思うと、すっと消えちまう。後に残らない。これは上質な砂糖である証拠だよ。わかるんだよ、こっちはプロだからよ。実はうちの倅はアレルギーがひどくてな、そこらへんの菓子なんか食えねえんだが、ここの饅頭はいけるんだよ。うめえうめえって食ってるよ。余計なものが入ってねえからこっちだって安心して食わせられる。それを50円だなんて、ふざけるのもいい加減にしろ!冗談じゃねえや、全く。有難うよ」
「買わずに行っちゃったよ、あの人。褒めてんだか怒ってんだかよくわからなかったけど、あの人いったい誰なんです?」
「はい、あの人老舗のお饅頭屋さんなんです」
(令和3年6月6日「みんなのらくごとおれのらくごとつづきものをやる会」にて初演)
※掲載用に加筆・修正をしております。
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