桂伸衛門 作「ごちそうさま」
男「ごちそうさま。美味しかった。あんちゃん、新入りのバイトか?」
バ「あ、そうっす。よろしくお願いします」
男「おう、頑張れ。じゃあ親父さん、ごちそうさま」
親「あー、どうも。いつもすみません。有難うございました。おい、新入り、焼きそば4番さん」
バ「あ、はい。お待たせしました、焼きそばです。ごゆっくりどうぞ。親父さん、あの人よく来るんですか?」
親「ああ、あの人はうちが店を出してからの常連さんでな、週に三日は来てくれるんだ」
バ「へえ、そうなんすか。胸のところに『正直建設』って書いてありましたけど、あれって駅前のビルの会社っすよね。あそこの社員さんですか?」
親「いや、あの人は社長さんだ」
バ「社長っすか!?じゃ、めっちゃ金持ちじゃないですか。なんでこんな店来るんですか」
親「なんだこんな店とは。まあ、うちの店がこの界隈で一番不味い店と評判になってるのは聞いてるがな」
バ「あ、知ってたんすか。いや、そうなんですよ。結構有名ですよ。よく店は汚いけど美味い店ってありますけど、ここは店が汚い上に味も不味いからキタナシュラン界の二冠王って呼ばれてんですよ。おれ初めて見ましたもん、食べログで星一つって」
親「何言ってんだ。隣町の人気のフレンチだって星一つじゃねえか」
バ「いや、あっちはミシュランですから。ミシュランの星一つと食べログの星一つって全然違いますよ。ここって何年やってるんですか?」
親「今年でちょうど40年だ」
バ「40年!?逆にすごいですね。この味で40年やってるって」
親「いや、昔はうちだってなかなか美味い店として評判だったんだ。だけどおれは20年前に脳梗塞で倒れてな。それ以来すっかり味がわからなくなっちまったんだ。それに後天的なアレルギーが5種類もあって、ほとんど味見ができないんだ」
バ「致命的ですね。なかには恐いもの見たさで来る人もいる位ですから、ほとんどのお客さんは不味そうに食ってますけど、あの社長さんは美味そうに食ってましたね」
親「よく勉強が苦手な子に言うだろ。利口な子と付き合ってると利口になって、そうでない子と付き合ってるとそうなるって。だからあの社長も長年おれの料理を食ってるうちに舌が馬鹿になったんだろう」
バ「ひどいですね」
親「これは冗談だがな、実はあの社長とおれは浅からぬ因縁があるんだ」
バ「なんですか、その因縁って」
親「かつて一人の女を取り合ったんだ」
バ「あ、恋話っすか。いいっすね、聞かせてくださいよ、どうせ店暇なんですから」
親「お前が言うな、暇って。あれは店を初めてまだ5年目で、おれはちょうど30だった。その頃、毎日昼になるとやって来る若い娘さんがいてな、駅前の菜の花銀行の行員さんだ。昼休みに制服姿でやってきちゃあ、だいたい日替わりを頼んでた。また美味そうに食うんだよ。おれはすっかりその娘さんに惚れちまってな、あるとき意を決して想いを告げたんだ。ところが、娘さんは一週間後に見合いをすることになってて、その相手というのがあの社長さんだ」
バ「え、あんなじいさんと!?」
親「いや、昔は若かったんだ、社長も。あちらは建設会社の御曹司。こっちはしがない定食屋。どう考えても向こうに分がある。ところがその娘さんは見合いを断って、おれと付き合うことになったんだ」
バ「え、なんでですか?」
親「いや、おれも思ったよ。だから聞いたんだ。そしたらおれの味に惚れ込んじまったみたいで、この店に嫁に来れば毎日美味いものが食えて幸せだって思ったらしいんだ。まあ胃袋掴んでたわけだな。で、その若い娘さんというのが今のかみさんなんだ。そんなわけでおれとあの社長は一時恋敵になったんだが、それでもああやって変わらず通ってくれている。帰るときに『ごちそうさま』って言うのは、あれは半分は料理に、あとの半分は仲の良いおれとかみさんをからかうつもりで言ってるっていつか話してたよ」
バ「へー、なんかいい話っすね。だけどなんですか、そのからかうつもりで『ごちそうさま』って」
親「いや、よく言うだろ。イチャイチャしてるのを見たり、のろけ話を聞かされたときに『ごちそうさま』って」
バ「へー、そうなんすか。おれの地元じゃ言わないっすけどね」
親「いや、地元も何もないだろ。なんだ、今の若いもんはそういう言葉使わないのか。じゃあなんて言うんだ、そういうとき」
バ「え?のろけとか聞かされたらっすか?『ウッザ』ですかね」
親「なんだ『ウッザ』って。なんかないのか、もっと文化的な言葉は」
バ「文化的っすか・・・じゃあ、蜜月!」
親「なんか違うだろ、それ」
バ「じゃあ、熱いね!」
親「うーん、いいけどなんか違う」
バ「ヒューヒュー」
親「古いよ、微妙に。やっぱり『ごちそうさま』なんだよ」
バ「そうっすか?おれは断然『ウッザ』ですけどね。だって実際ウザい話聞かされてんですから」
親「いや、そりゃそうかもしれないけど、そこをあえて『ごちそうさま』って言えば、場が和むというか、ほっこりとした気分になるだろう」
バ「そうですかねえ。『ごちそうさま』ですか。あ、そういえば最近同棲始めた友達がいるんで、そこに行ってちょっとやってきます」
親「待て待て待て。急に落語らしい展開になるな!というか、お前まだバイト中だろ」
バ「ええ、すぐ戻りますから」
なんてんで、友達のうちへとやってくる。
バ「彼女さんは?」
友「いま買い物」
バ「ふーん。で、どうなんだよ」
友「え、彼女と?めっちゃいいかんじだよ。喧嘩もしたことないし。これ運命かもしんねえ」
バ「ごちそうさま」
友「は?なんか言った?そうそう、こないだディズニー行ったんだけど、ずっと手放さねえんだよ、乗り物乗るときも。すごくねえ?」
バ「ごちそうさま」
友「・・・ん?あ、もうすぐ帰ってくるからよ、紹介するよ。めっちゃかわいいし、超性格いいんだよ。ビビるぜ、マジ」
バ「ごちそうさま!」
友「さっきから何なんだよ、ごちそうさまごちそうさまってよ。おれお前に何もご馳走してねえし」
バ「和めよ!ほっこりしろよ!『ごちそうさま』って言ってんだからよ。さっきから延々うぜえ話聞かされてるこっちの身にもなれよ!」
友「なんだよ、うぜえ話って。勝手にひとんち来といて、お前が聞いてきたから話したんじゃねえか。帰れよ」
バ「帰るよ。ふざけやがって」
女「ただいま。どうしたの?」
友「おう、こいつ友達のアキラなんだけど、さっきからわけわかんねえこと言っててさ」
女「そうなんだ。あ、はじめまして、アキラさん。私早苗です」
バ「あ、どうも」
女「もう、たっくん、喧嘩しないで。私は優しいたっくんが好き」
友「ごめんごめん。ついカッとなっちゃってさ。おれも早苗のこと超好きだよ」
女「やだもう、たっくん。アキラさんいるんだから。でも、もう一回言って」
友「早苗、好きだ」
女「やーだー。超嬉しい。あ、アキラさん、なんかごめんなさい。あ、これから私たちご飯なんですけど、一緒に食べていきます?」
バ「ごちそうさまー!」
(令和3年12月12日「みんなのらくごとおれのらくごとつづきものをやる会」にて初演)
※掲載用に加筆・修正をしております。