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書評:浜田康『粉飾決算 問われる監査と内部統制』

事例検証による不正会計への多角的なメス入れ

今回はご紹介するのは、浜田康『粉飾決算 問われる監査と内部統制』というビジネス書。
写真の帯にある「東芝」の粉飾決算が大いに世間を賑わせた時期の著作である。

*東芝にとって文字通りの致命傷となったのはむしろその後発覚したウェスティングハウス社買収に伴う巨額損失の抱え込み事件であったが、その発覚前の著作であるため、当該事件に関する記述は含まれていない。

世界的に見て何よりもインパクトの大きかった不正会計事件と言えば、2000年代初頭の米エンロン社のもの。
これを受け米国は「サーべンス・オクスレー法」を成立させ、企業や会計事務所ばかりでなく、証券市場関係者までを含め規制を強化した。

この流れに追随し、日本でもいわゆる「J-SOX法(日本版サーべンス・オクスレー法)」が導入され、内部統制の強化が企業に求められることとなった。

しかしそれでも、カネボウ、ライブドア、日興コーディアル、ニイウスコー、オリンパス、大王製紙、そして東芝と、大企業の不正会計は跡を絶たなかった。

本著は、当時最新の事件だった東芝までを含め、こうした企業の事例を丹念に紐解きながら、不正会計が生じてしまうメカニズムに多角的なメスを入れることに挑戦した著作となっている。

会計というのは、日々の業務があり、それに伴うお金の出入り(売掛・買掛含む)があり、出入り毎に仕分け等の会計処理があり、月次処理・四半期決算・年次決算が行われ、上場企業ならば有価証券報告書として一般に開示される。

投資家は通常、決算の結果としてのレポート(四半期短信や有価証券報告書)を信頼して企業の業績を評価することになるのだが、このレポートに虚偽が含まれるのがいわゆる不正会計・粉飾決算だ。

上述のように決算レポートは企業の日々の業務の積み重ねであるため、企業で行われる全ての業務プロセスにおいて故意・過失を問わず決算レポートに影響するようなミスや虚偽・不正が発生する可能性がある。

そのためでもあるのか、J-SOX法の要請は特に現場レベルの業務における過失や不正を統制することを重視する傾向があった。
具体的には、全ての業務プロセスを例えば業務フロー図を作成するなどで可視化し、再鑑や承認のポイントを適切に設ける、などの取り組みが行われた。
(これは私自身も所属業界上大きく関わってきた取り組みなので、その徹底度も現場重視度も経験上よくわかる)

しかし、企業におけるお金の取り扱い・処理というのは、ほとんどが「会計上の見積り」によってなされるものだ。
勘定科目ベースで見積り要素のないものは、「現金」と「資本金」くらいだろう。

ということは、ほとんどのお金の取り扱い・処理に「人の判断が介入する」ことを、そもそも企業は回避できないということを意味する。

そして一般に、企業の上層に行くに従い判断の裁量も幅も大きくなり、経営層・経営者においてそれらは最も大きくなる。

こうして作成された決算レポートが仮にそのまま一般に開示される仕組みだと、たとえ虚偽や不正ではなくとも企業・経営者の恣意性があまりにも大きくなるため、会計・決算を第三者的にチェックする公認会計士という職業があり、決算の適切性を担保する仕組みが法的に敷かれているのだ。

本著では、最も重要な指摘の1つとして、法(法律家)の考える企業・経営者の裁量と、会計士(の職業倫理)が求めるそれとの間には、認識に相違がある点が挙げられている。

法的思考では、何よりも憲法的価値としての「経済活動の自由」という権利の保障こそが重要であり、このような基本的人権またはそれに類する権利の制限には慎重で、「公共の福祉」なる概念をはじめとした社会的影響度とのバランスから必要最小限度の制限を許容する、という考え方が取られる。

対して会計士の職業倫理は、「不正を認めない」ことこそが職業的使命であり、敢えて明言するならば「経済活動の自由なる権利は虚偽や不正が行われない範囲でのみ認容される」と考える傾向にあると言えよう。

両者は虚偽・不正がない限りは結果として近しい判断に着地するのであるが、万一極限的に「自由か公正か」という選択が必要な局面に至った場合は、法律家と会計士とでは最も守るべきものが異なるということだ。

こうした対立を、思想状況的には多元的で良い状況と見なすことも可能であり、私自身もそのような捉え方に近い考えを持っている。

しかしながら、実際の社会制度としては法、就中裁判所という法の番人が権力であり、法と会計倫理は一度社会制度・社会システムに組み込まれたなら立憲国家では決して平等な多元関係にはなく、社会制度上明確な力の差があることになる。
このことはゆめゆめ忘れてはならないだろう。

いずれにせよ、本著は実際の粉飾決算の事例検証を取り扱いながらも、このような普遍的な「自由と公正」論にまでも届き得る視力を持っており、読み応えのあるビジネス書であると思われる。

読了難易度:★★★☆☆
事例検証深度:★★★★☆
考察深度:★★★☆☆
トータルオススメ度:★★★☆☆

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