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第222話.「シック」で「エレガント」

1998年

初代「ホンダオデッセイ」のデザインが、お客さんから「エレガント」と評されたことは、デザイナーにとって冥利に尽きる。
90年代の初め中国の人たちが、ホンダとの共同事業の可能性を検討するため来日。私は会食後の雑談の中で、彼らの前で「文質彬々」という文字を書き、「これが私のデザインポリシーです」と話すと、「これは、大変良い言葉だ」と皆さん揃って。
良い機会だと思い、この言葉の意味が、中国での本来の意味と私が理解に違いがないかを尋ねると、ある人が、「この言葉の意味は『上品』ということです」と自信ありげに。
外見と本質が、同じく揃って「品格がある」ということだそうで、理解が違わず安心した。英語に堪能な別な人は、「英語で言うなら『エレガント』です」とも教えてくれた。
洋の東西を問わず、「エレガント=優雅」を美徳に生きていた昔の貴族たちは、現代の我々が想像するほど楽なことではなかったと思う。その裏には、大きな経済的負担があったろうし 、政治の状況によってはいつ失脚するか分からない。常に身の危険にもさらされていた。
彼らの生きた優雅な世界は、こうした様々な緊張感に支えられたもの。逆に、このようにぎりぎりのところで生きることが、そのエレガントさに磨きをかけていたとも言える。
一介の芸人であった世阿弥の場合も、彼自身の暮らしは「雅(みやび)」の世界とはおよそ無縁であったにもかかわらず、舞台の上では貴族文化の優雅さを完璧に表現することができた。それは観客と対峙した緊張感をもとに、「雅」を表現したからに他ならない。
振り返ってみて私が考えやってきたことは、知らず知らずのうちに「エレガント」に繋がっていたようだ。30数年、デザインの仕事に関わり、一貫して「エレガント」を求め続けてきたことに、自信と誇りを持ちたい。「インパクト」も「スポーティ」も、極めれば「エレガント」であるような気がしている。
フランスに「シック」という言葉がある。他国語に訳すのはとても難しいそうだ。日本人は、「シック」のことを「枯れた」や「落ち着いた」と捉えがち。が、どうもそれだけではないらしい。「シック」には「若さ」という要素が重要なのだという。
「シック」は、少し「いなせ」に寄った「粋」と捉えるのが良さそうである。そういう意味で、ホンダのデザインは、「シック」で「エレガント」、「粋」で「いなせ」、というところか。

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