第129話.鶴の如く
1985年
「ホンダレジェンド」4ドアセダンの開発時には、未知への挑戦が重なり、随分と悩み勉強もした。行き着いたのは、「ホンダらしさ」をどう表現するか、というところであった。
そしてそれはとりもなおさず、「日本らしさを極める」ことだとして、高雅な趣をもつ桂離宮と陽明門にそのヒントを求め、日本の「美」の特徴は、二つの建築物のもつ「簡潔と華麗」の絶妙なバランスにあると思い至った。
その時の想いを、何としても、この「ホンダレジェンド」2ドアクーペで具現化したいと念じていた。そしてその成否は、この車のデザインモチーフを「何」に求めるかで決まると考えたのである。
あれやこれや思いを巡らすのだが、中々これはというものが見つからず、悶々と時を過す。街を歩いてはキョロキョロ、家では雑誌や画集をペラペラ、全く「そのこと」以外、目にも耳にも入らない日が続いた。
そうした中で偶然出会ったのが、円山応挙の「鶴」を描いた屏風絵であった。
極細で、緊張感のある優雅な線。白と黒のコントラストの中で、ほんの一点、朱のあでやかさ。たたずんだ姿の端正さ、飛び立つ動きの優雅さ、遥か飛ぶ華麗さ。「これだ!」と思った。
日本人は、丹頂鶴のことを単に「鶴」と呼ぶ。羽は純白で、頭の頂が紅い。首、足、くちばしは細く長く、頭は小さい。色、形、動く様、いずれをとっても「簡素で華麗」である。この姿を脳裏に焼きつけ、クレーモデルの製作と確認をするのが日課となった。
テーマカラーとして、「鶴」をイメージにつくったパールホワイトメタリックに塗られたモックアップモデル(確認用実物大模型)は、レジェンド4ドアセダンのシャーシ(車体の土台)や内板(ボディの内側の鉄板)が共通とは思えないほどの優雅なシルエットに仕上がった。
こうした作業を続けながら、この車の一口言葉を「エレガント・クーペ」と定める。そのメッセージが強く形に表現できたためか、アメリカやヨーロッパに飛んで行った「鶴」は、「エレガント!」と評され、喜んで迎えられた。
事後談になるが、10年余りの年月を経て、アキュラチャンネルとして初めてのオハイオ工場生産車が、HRA(ホンダアメリカ研究所)の若いアメリカ人たちの手でデザインされた。
彼らは、その車のデザインモチーフを「エレガント・クーペ」に求め、そしてこの車は発売に当って、「アキュラCL」と名付けられ人気者となった。「鶴」が、アメリカで、みごと雛を孵(かえ)したのだ。