第218話. 高級車づくりの研究
1997年
私が本田技研役員を退任し研究所専任になる際、本田技研社長にお約束をしたことの一つに、「高級車づくりの研究」がある。「高級車」そのものの研究と言うこともあるが、高級車をつくれる人材を育てるという意味も含まれていた。
「高級車づくり」は、本田さんの時代から今もなお、研究所が取り組んでいる重要な課題。私自身も、80年代初めローバー社との共同開発が始まった頃、当時の本田技研社長の命を受け、ヨーロッパの高級車のつくりかた使われ方を見てまわった経験をもつ。
が、私とて、高級車がつくれるレベルにあるとは思っていない。みんなと一緒に勉強して行くしかないと思いながら半年が過ぎ、いよいよ検討チームを編成することになる。そこで、どのようなメンバーを集めたらよいかを考えてみた。
あまり若すぎても、老けすぎていてもと思い、30代を中心に各室課から適材を推薦してもらうことに。集められた連中には、まず「高級とは」というテーマで、自由に議論をしてみたらとお願いする。
が、日頃から高級なものに馴染んでいないせいか、中々議論が進展しない。何か良い方法がないものかと思案していた時、東大の名誉教授である清水先生との雑談の中、こんな話がでた。
先生がおっしゃるには、「高級とは何か」を言葉で表すのは難しいから、逆に、「どんなものが高級と思うか」を、それぞれに言ってもらった方が手っ取り早いのでは、と。もっともとだ思い、丁度正月休み前でもあり、休み中に各自が高級と思えるものを写真に撮ってくるよう頼んでおいた。
休み明け、集まった写真を眺めてみると、その中には、私の常識からはどう見ても高級とは思えないようなものも沢山あり、吃驚したが大いに好奇心を掻き立てられる。それぞれに、何故これが高級であるかを述べてもらい、それについて一つずつみんなで議論を交わし合った。
聞いてみると、どれをとっても言い分はもっともである。いろいろな意見が出たが、要約すると、「稀少である」「高価である」「つくり方が丁寧で手が込んでいる」「高機能である」「天然の素材である」と言ったいくつかの要素に収束できた。
次に、抽出された要素を検証するという段になり、一般論に走りがちな高級論を、車軸に引き戻す必要がでてきた。丁度この頃、私の担当する「マルG作戦」というテーマ中で、自動車が誕生したヨーロッパの「風土」や「人」についての研究をしていて、そこに合流することとした。