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第29話.3日モデル

1969年

「一週間でクレーモデルをつくりたい。完全なものに仕上げなくても、形が見えるところまでで良いのだが、」と室長から頼まれる。「ホンダH1300シリーズ」のデザイン作業も一段落して、「ホンダバモス」など、舞い込んでくる新しい仕事を懸命にこなしている毎日だった。
「ホンダN360」で苦労して編み出した「木の定盤もどき」は、その後、鋳鉄経てアルミ鋳物製の移動式簡易定盤につくり替えられ活躍している。今回は、「また、何だろうな」と思って聞いてみた。「N360のモデルチェンジの、別案をやるんだ」と言われる。
この頃N360のモデルチェンジ作業が進行中で、これが難航しているとの話は、研究所造形室(デザイン室)の誰もが知っていた。「何のために」と聞きたいところもあったが、狭い造形室の中、おおよその事情は飲み込めている。早速検討に入った。
仕事を始めるに当たり、まず、進行中のモデルとは違ったデザインとすること、仕上がりレベルを「荒削り」の段階まで、と目標を定めた。すぐに5日分のフローチャート(推進計画)をつくる。そこに入らない足の長い作業は最初からやらないことに決めた。
クレーモデル(粘土モデル)は、N360の形状をフルコピーすることでとりあえずスタート。スケッチは、2日間で終わらせることにする。あれこれ考えている暇はない。すでに進めているモデルは「丸くて優しい」のに対し、これから始める別案は、「四角くて力強い」方向で進めることにした。
それに加えて、N360でやり切れなかったことを、実際にやってみる良いチャンスでもある。N360は「N-Ⅱ」というマイナーチェンジモデルで随分と改良されたが、前後バンパーの端末処理、ホイールアーチの断面処理、テールランプの視認性など、気になっているところがまだまだ残っていた。
今回の基本レイアウトでN360と違うところは、エンジンはコンパクトな水冷2気筒、室内長もホイールベース(前後軸間)も長くなっていること。ボディ構造は、H1300クーペで考案した「モヒカン方式(ルーフの両サイドに、前から後まで通した帯状のモール)」である。他社の車に対してはこれらを特徴にすることにした。
予定通り二日間でスケッチができ、三日目には、ほぼ荒付けが完了していた。
軽乗用車とは言え、その気になれば、フルサイズモデル(実寸大モデル)で、ほぼ形状の方向性が確認可能なモデルができるのだという自信を得た。

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