見出し画像

第22話.万事休す

1968年

材料研究室のHさんから、「大至急来てくれ」と悲痛な電話。跳んでいくと、そこには「ホンダH1300」のテスト車が置いてあった。「これを見てくれ」と言う。よく分からないので「何ですか」と聞くと、「もっと、よく見てくれ」とボンネットを指して言う。よくよく見ると、グリーンメタリックのボンネットの中央部が少し黄ばんでいる。


「エンジンの温度が計画値より高いので、あんたの思っているような鮮やかな色では熱で変色してしまう。予め少し彩度を落として色相を黄色の方に振るしかない」と言われた。色づくりでは、これまで何度か失敗している。今度こそはと思っていたが、「分かりました」と引き受けた。量産立ち上がりまで時間がないのは承知している。


私は、「ラジエーターグリルの方は大丈夫ですか」と恐る恐る聞いてみた。樹脂でつくられているからだ。「テスト中だからなんとも言えないが、難しいかも知れない」と心配そうに。予感が的中。それから間もなく、樹脂では無理だとのテスト結果が出た。急遽ラジエーターグリルは、樹脂製からダイキャスト製に変更することになる。当然、樹脂の金型は使えない。
この頃すでに、鈴鹿工場では発表会用の車をつくり始めていた。正式の量産用のダイキャスト型とは別に、暫定の型を併行手配することに決まった。
「77(77馬力仕様)」タイプは、周囲のグリルモールと中の格子が別体になっている。そのため格子のみの対応でなんとかなりそうだったが、「99(99馬力仕様)」タイプは、グリルモールとヘッドランプリムが一体で出来ていて、しかも、モールやリムの表面はメッキ処理になっていた。
暫定とは言え、発表試乗会までに、量産並の出来と試乗に耐えられるものにつくり上げるのは容易ではない。夏の暑い最中、大阪のメーカーに立ち会いに行き、徹夜で鋳込んだものを明け方になって取り出し、出来の良いものを選定。朝一番で鈴鹿工場に持ってゆく。
鋳肌を削り、プレスで打ったフロントマスクに現合(現物合わせ)するまでは何とか漕ぎつけた。しかし、グリル担当のメーカーは細心の注意を払ってつくったのだが、心配していた巣孔が出てしまった。手の打ちようがない。「万事休す」である。


発表会にグリルなしの車を出すわけには行かない。時間もなければ方法も見当たらない。交代制で出勤している担当の研究所員と、工場の技師や課長など管理職数名で頭を抱える。夜中の12時はとっくに過ぎていた。

いいなと思ったら応援しよう!