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第17話. 原理原則
1968年
「ホンダH1300セダン」のクレーモデルを見て、「ここが凹んでいる。こういうのは弱く見えて駄目なんだ」と本田さんが。いよいよボディ断面の検討に入っていた。やっている当人にはボディを凹ましている意識は全くない。どこのことかと戸惑っていると、「ここだ」と指を。
そこは丁度ボディ側面の肩口の辺りで、ドアの上部から100ミリほど下がったところ。前から後ろまで通した強い線が通っている。その線から上の面に対し、下の面を一段落とし込んで出来た段差に逆アール(円断面)を付け、そこにできる陰を利用してボディ断面を立体的に見せ、かつ強調した線で車を長く見せようとした手法。
「君はプレスのことを知ってるのか。プレスはな、イタ(鉄板)を引っ張って伸ばして殺すもんだ。この凹みだとイタは死なない。だから弱いんだ」と。不審な顔をしていると、「まず凹んだところを埋めなさい」と一喝。
一生懸命考えたのにと悔しさが残る。凹んだ個所を粘土で埋めながら、「イタが死ぬ」とはどういうことなのか、形は凸面だけでつくれるものなのか、そこからの勉強になった。車体、材料、金型、プレスと、N360の開発で知った仲間を駈けずり廻りいろいろと教わる。
判ったことは、原理原則を知らずに「形」はつくれないということ。鉄板には抗張力というものがあり、伸ばしたとき弾性限界を超えると切れてしまう。が、適度に伸ばすと強さが出て、しかもそのあと変形の無くなるポイントがある。鉄板がこういう状態になることを「死ぬ」と言う。
材料とつくり方のうまみを、生かし切ることの大切さを知った。思いつくままに絵を描き、粘土でモデルをつくれば良いってものではない、と言われたも同然。そんなつもりで名車と言われる車を眺めてみると、さすがに抑えどころは守られている。
さらに気付いたことは、「面」というのは顔と同じで、張っている方が明るくて元気に見える。げそっと頬がこけたり、皺(しわ)のあるのは貧相。車は人の命を預かるものだから、信頼感のある形状が期待される。N360 の開発でいろいろと体験したつもりが、まだまだこれからだと痛感した。
後になって分かったことがある。ただ原理原則を守れば良いかというと、そうでもない。知り尽くして乗り超えないと「独創」は生まれないと。が、この頃はそれどころではなく、覚えなきゃならないことだらけ。火の粉は、いくら払っても落ちてくる毎日だった。