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第198話.無尽蔵

1995年

3代目「ホンダレジェンド」の開発は、新技術の投入を断念したことに加え、5代目アコード、6代目シビックと、しぶとく続けてきた部品の流用・共用・長用努力が、ここにきて実を結び始めていた。
これらのノウハウを駆使することによって、3代目のコストは、2代目に対し30万円近く下げられる見通しが立った。若い技術者は、自分たちが奮闘努力で生み出した原資を、新技術の投入に使いたいと迫ってきたが、敢えて我慢してもらうことに。これについては、若い技術者から随分と恨まれた。
しかし、この努力の甲斐あって、アメリカでのリテールプライス(店頭販売価格)は、強い要望であった4万ドルを大きく下回る値付けが可能となる。が、最終的に、アメホン(アメリカンホンダ)は、4万ドルぎりぎりの値段で売ることを決断した。すなわち、悪戦苦闘の末つくり上げた「価値」が認められたのである。
コストを下げ、価格を上げたのだから儲かるに違いない。そして、この価格で、予想を超える利益を出せることが確認できた。おまけに、発売した頃から、為替が円安に転じ始めたものだから、アキュラ店は3代目レジェンドの投入により、利益増はもちろんのこと、大変元気になった。アメホンからも大いに感謝された。
3代目レジェンドは、西海岸「オレンジ・カウンティ」の知的富裕層に似合うようにと、徹底してユーザーからの視点で細部に至るまでデザインし尽くされたと言って良い。従って正直なところ、この車は西海岸で受けると思っていた。ところが我々の意に反して、東海岸の保守層の人たちに沢山売れるという、不思議な結果となったのである。
当初の企画づくりに誤りが、とも思ったが、「ここに住むような人は、元来、こういう英国的気質の人たちが多いのだ」と、HRA (ホンダアメリカ研究所)のリサーチメンバーが教えてくれた。世の中には、分からないことが一杯ある。
勿論、「オレンジ・カウンティ」でも、3代目レジェンドは健闘した。そして町で見るレジェンドが、なんと輝いて走っていたことか。発売後、再びお客さんのもとを訪れた際、その家族全員の感謝ぶりに、開発メンバーは涙したという。
今回の開発で学んだこと、それは、人の知恵には、コストとか売値とか、あるいは利益という、お金ではとうてい換算できない「無限の価値」を生み出す力がある、と言うことであった。無一物、無尽蔵とは、こういうことであろうか。


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