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第70話.雨が降ると、エンジンが錆びる

1976年

1976年夏、4人のメンバーが所長室に集められた。何事だろうと、集められた面々の顔を見渡したが、思い当たる節はない。1研(エンジン性能研究室)のOさん、4走(四輪走行テスト室)のOさん、試作課のSさん、それに私である。しばらくして研究所専務が現れ、集められた理由の説明を受ける。
要約すると、アコード3ドアが、走行後にエンジンを止めた直後に、再スタートしようとしてもエンジンがかからないとの苦情が、市場からかなり多く打ち上がってきているという。そこで、「急いで対応したいから、直ちに実施計画をつくれ」という指示となった。
どうして、デザイナーの私が呼ばれなきゃならないのだろうと思っていると、1研のOさんが黒板の前に立ち、「それでは、現状報告をします」と言って、やおら、キャブレター(気化器)を中心としたエンジンルームの側面図を描き出す。そしてその図面の上に、エンジンを止めた後のエンジンルーム内の温度分布を重ねて書き示し、いかにキャブ周辺の温度が高いかを強調した。
「走行中は、エンジンが回って熱くなっていても、空気が流れているためエンジンルーム内の温度は上がらない。車が停止し、エンジンが止まると、余熱の逃げ場がなく、とくにボンネットに近い中央部に熱が溜まってしまう」と言うのである。
「その結果、キャブの気化能力が落ちて、エンジンがかからなくなる」と、理路整然とテスト結果の説明をした。「なるほど」と感心して聞いていたら、「…と言う訳で、対策として、ボンネットに100×200ミリの大きさの通気孔を設ければ、この問題は解決することが分かりました」との説明があり、何故わたしが呼ばれたのかやっと判った。
それにしても、天下に誇るホンダエンジンの性能研究室が、「ボンネットに大きな孔を開けてくれ」では芸がない、というのが私の印象。研究所専務が「きみ、そんな大きな孔をボンネットに開けられて、大丈夫?」と、こちらを向かれる。大丈夫であろうはずがない。
私は、シンプルにデザインされているボンネット面がぶち壊しになると、露骨にいやな顔をした。4走のOさんも、そんなことをしたら、「雨が降ると、エンジンが錆びる」と猛反対。
研究所専務は、「嫌なら一緒になって、気が済むまでやればいい。ただし時間には限りがある。それでは…」と言って部屋を出て行かれた。しぶしぶ、対策チームの一員となる。4人で頭を抱えた。

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