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第90話. 形は心なり
1979年
就任したばかりの研究所社長に呼ばれ、「君はデザイナーをやめろ」といきなり。これで一巻の終わりかと思った。と言うのも、万全を期して出した2代目「ホンダシビック」が何故かパッとしない。巷では、「ホンダらしくない」とか「古くさい」と言われ気にしているところだった。しょげ切っている私に、「そのかわり、『世界一のデザイン』が続々出てくるデザイン室をつくってくれ」と。
正月休みも返上して実行計画書を書き上げ、社長のところへ。冒頭に、「形は心なり」と書いた。「形」にはつくっている人の「心」が表れるもの、デザイナーは心を鍛えることが大切。そうした心掛けで日々感性を磨き、丁寧な仕事をする努力を重ねると自らが信じられるようになり、これが「自信」というもので、形にも表れる。
次に「デザイン即仏行なり」と書く。デザイナーは格好つけ屋で手前勝手。つい自分の「考え」や「スタイル」を第一に考え、何のために誰のためにデザインをしているのかを忘れてしまう。「世のため人のため」、「一心不乱」にデザインすることを「心のよりどころ」としたい、と添える。
最後に、本田さんに叱られながら学んだことどもをまとめ、デザインにとって最も大事なことは「普遍性」「先進性」「奉仕性」、この3つの絶妙な「組み合わせ」である、とした。
「普遍性」とは、長い年月で淘汰されそれでも変わらないで残ることを指し、世界中の誰が見ても評価が変わらないことを言う。
「先進性」とは、人より進んでいるのは勿論、時間が経ってもその新鮮味が失われないこと。最先端のものだと思って手に入れても、すぐに色褪せ古くさくなるようなものに先進性はない。
「奉仕性」とは、不変性と先進性をうまく織り合わせること。布に例えると、「経糸(たていと)」は普遍性や人間社会、「緯糸(よこいと)」は先進性や時代の動きと言える。経糸と緯糸を強くもなく弱くもなくきちっと強さを加減し、時代時代に合った柄に織り上げるのが「奉仕性」。過ぎても足りなくてもいけない「心を込める」という大事なおこない。
この一頁目をもとに実施要領をつくり、計画書は十数頁に及んだ。そして「実現のために3年ください」とお願いする。最初の頁を読んだだけで社長は、「分かった。これでやってくれ」と。「ただし、3年経って会社があるかどうか分からん。半分の1年半で実現しろ」と値切られた上に、「次のプレリュード(2代目)でこれを証明してくれ」とのおまけまで付いた。