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第205話.3つの「新」

1996年

「EK」と呼ばれるアジア地域専用車が、新しくタイに建設された工場で生産される運びとなり、私が立ち上がり品質レベルの確認に立ち会うことに。タイへは欧州や米国と比較して飛行時間も短く、時差も少ないのでさほど疲れてはいない。
飛行場からホテルまでの道中、この国の様子がかなりのところ読み取れる。まるで日本の、60年代初頭の交通事情と同じ。渋滞も排気ガスも、ただ違うのが車の種類。トラックの改造したものやオートバイの多さには驚く。 
ともあれ車の数はやたらと多い。それにビルの建設ラッシュ。視界の中には、建設用クレーンが何十本もある。まるで80年代後半の日本のようだ。今の日本と大違い。
「バンチャン」という合弁の工場でつくるアコードには、日本生産車に勝るとも劣らない仕上がり品質がある。バンコクの目抜きどおりにつくられた販売店には、アメリカの一流ディーラーを彷彿とさせる店格があった。
先輩たちが築きあげた「ホンダ・ブランド」は、今回、アジア専用車を打ち出していく上で大変な武器となる。それに相応しい車になっているだろうか。そんな事を考えながら、「EK」の量産試作が行われているアユタヤの新工場に向かった。
このプロジェクトには、当初から3つの「新」が重なっていた。新機種、新工場、マザーレス(日本で生産されていない)の三重苦である。しかも高度な自動車の生産技術も、それを支える部品メーカーや工作機械メーカーといったインフラもない。
その上、工場の従業員も自分たちで育てるしかなく、ホンダ自前のミンブリ工場では、一年間で200人余りの組み立て要員を養成したという。やることすべてが「初もの」ばかり、一つ間違えば立ち上がれない。これほどスリルのある仕事はまたとあろうか。
ラインで試験的に組んだという「EK」が2台、評価会のために並べられてあった。遠目には思いのほか存在感がある。これならば一安心とおもむろに近づいて一回り。ほぼいい線である。心配していた4代目シビック流用のドアも結構張りがあって、とても「お古」を使っているようには見えない。しめしめである。
トランクフードの張りがいまいち。それと、トランクの長さとテールランプをけちったため後ろ姿に立派さがない。タイ人が、この「立派さ」に拘るのは知っている。トランクリッドは、このまま現地メーカーに張り付いてha、金型からプレスまでとことんやり切るしかあるまい。。

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