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第26話. すぐやんなさい
1968年
本田さんは見える度に、「どうなった、どうなった」と。いろいろと説明しているうちに、「説明はいい、物が先だ」となった。現物を見せないことには、どうにも治まらない様子。前述の「モヒカンモール」の両端を、如何にしてボディに固定するか、みんなで悩んでいるところだった。
どんな代物か、本田さんに説明した内容はこうである。ルーフとサイドパネルをスポット溶接で結合した台形断面の溝に、断面が「松茸(まつたけ)」型をしたゴムモールの「柄(え)」の部分をはめ込み打痕を隠す。「笠」部の上面中央にブチルモールを埋め込むというアイデア。ゴムモールは引き抜き成形のため両端は切りっぱなし。この端部をどう処理するかが課題であった。
そこで考えたのが、止め金を埋め込んだ「スリッパ」型の成形ゴムを、ゴムモールの両端に溶着するという方法。モール全体をルーフの溝に埋め込み、スリッパ部をビスで止め、その上にブチルモールを差し込めばでき上がり。とまあ、この様なことをぐたぐたと説明したものだから、「すぐやんなさい」になってしまった訳だ。
急いで設計の担当者に頼み、構想を簡単な図面にしてもらった。メーカーは小回りの訊く豊橋のゴム屋さん。今なら、ファックスやメールで予め図面を送るところだが、当時はそうもならず電話でイメージと寸法を伝え、型取りを始めてもらう。その上で、モデルの石膏の雌型と図面をもって新幹線に飛び乗った。
ゴム屋さんの金型工場に着いたのは夕方。職人さんと技術担当の役員が迎えてくれる。説明もそこそこに、石膏型から雄型を取ることから始めた。併行して埋め込む止め金を手作りで。それにポンチ絵(寸法入りの簡単な説明図)をもとに、金型の中子づくりが手際よく進む。
自ら作業しながら、「まだ腕は鈍っていないようだ」と役員。夜中の12時頃にはゴムを溶かし型に流し込める状態になっていた。何回か試し打ちをしながら雌型の表面を仕上げていく。10個くらい良いのを選んで、仮眠のため近くの旅館に。途中ご馳走になった夜泣きそばの味は格別だった。
朝一番の新幹線で研究所へ戻る。ゴムモールの両端に持ち帰った成形ゴムを接着し、ブチルモールを埋め込みモデルに組み込んだ。本田さんはそれを見るなり、「おっ、出来たか。こりゃあいいのが出来たな。これでベンツに勝てる」と、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。昨日の恐い本田さんとは、全く別人に見えた。