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第123話 高級車への一歩

1984年

国内市場での「ホンダレジェンド」の販売は、開発メンバーの思い入れをよそに、予想以上の苦戦を強いられていた。例えば、レジェンドに乗っていると、仲間から「商売、うまく行ってないの?」と心配されるなどと言う話が、まことしやかに語られるほどであった。
つまり、反論を承知で言うと、日本のこのクラスのお客さんは「車としての性能や出来の良さ」より「地位や権力の象徴することが出来る」、いわゆる、それらを保障する「高級感や格調が備わっていること」の方を重視しているようだ。 
一部の人からは、「レジェンドは、よく走る車だね」と評価されたものの、おそらく「スポーティでシンプル」とは、別の言い方をすれば、「若者向きで貫禄に乏しい」と言うことになったのだろう。運転手まかせで、自分ではハンドルを握らないオーナーの人たちに、「レジェンド」のコンセプトを理解してもらうには、時間がかかるなと痛感した。
本田さんご自身、毎日毎日、レジェンドの売れない理由や売れるようにするための方策を、いろいろと考えておられたに違いない。本田さんがおつき合いされている方々は、それこそ功なり名を遂げた人たちばかり。こういった方々の車に対する好みや考え方を、よく判っておられたとことと思う。
だから、我々のような若造が「ワールド・ファーステスト・エグゼクティブ・サルーンですから」といくら言い張っても、中々理解してもらえないのは当然である。それに、現実に売れていないのだから、言い訳にもならなかった。
おっしゃるには、「グリルがしっかりして立派だと、エンジンも立派なものが入っていそうな感じがするものだ」、「昔から、高級車にはしっかりしたグリルとメッキのモールと、それに高そうなエンブレムが付きもの」、「それに引き替えレジェンドには、それらがないも同然」、「だから、車体も小さく貧弱に見える」が売れない理由、と。
「これ」をなんとかすればと言うことだが、それは、我々若者いチームメンバーにとって、開発当初からこの車に求めてきたコンセプトとは正反対をやること、かなりの戸惑いがあった。
すでに会社を離れた身であるとして、本田さんは「これは、参考意見だがね」と言って帰られる。どうすればよいのか随分と迷った。が、自分たちにこれという良いアイデアがあるわけではない。何はともあれ、「これも方策の一つ」と考え、やってみることに。高級車への一歩は厳しかった。

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