第31話.ライバル
1969年
突然、研究所所長に呼ばれた。「Oくん(インテリア担当)と二人で、応接室にすぐ来るように」と。何事だろうと、二人で顔を見合わせながら急いだ。「これ、知っているかい」と写真を見せられる。S社が新しく出したジープタイプの軽自動車で、「ジムニー」という名前が付いていた。
「ライバルとして、これに対抗できる車の絵を、TNをベースに描いてくれ。大至急!」と言われた。早速デザイン室に帰ろうとしたら、「道具を持ってきて、ここでやってくれ」ということになる。秘密裏にということであろうか。
「TN」とは、あの有名なDOHCエンジン搭載の軽トラック「AK360」の後継車で、独特のミッドシップ・レイアウト(前後車軸の中間にエンジンを配置)をもつ軽トラック「ホンダTN360」のこと。まず、TNの1/5レイアウト図を用意し、それを下敷きに絵を描き始めた。
ジムニーは、一応本格的なジープレイアウトで、当然4駆も備えている。よほどの特徴を持たせない限り、張り合えない。こちらの武器は、アンダーフロア(床下)・ミッドシップエンジンしかなかった。そんな訳で、ついついデザインに特徴を付けることばかり考え、結局のところ、早々に行き詰まってしまう。
二人で、「やっぱり、手を動かす前によく考えてみよう」と言うことになる。「上(経営者)は、この車に何を期待してるいのだろうか」、と話し合った結果、「S社に対するインパクトだろう」という結論に落ちつく。「そうだとすると、一寸考え方を変えないと」と、思い切って新しいコンセプトに挑戦してみることにした。
二人とも学生時代は、太陽族よろしく、湘南、房総の海岸で遊びまくったくちである。あちらが「山」ならこちらは「海」でと意気投合し、さっさとビーチカーコンセプトに切り替えてしまった。こうなると話が早い。まず、世界中にあるこの手の車の写真を集めようと。
しかし、ビーチ専用車というのは、先進国のアメリカでさえ量産車には見当たらない。イタリアのフィアット社が、「ムルチプラ」という車を改造して、「らしい車」をつくっているのが分かった。「日本じゃ初めてだな」とふたりでニンマリ。絵は、随分の枚数になった。
頃合を見計らったように、「出来たかい」と所長が現れる。「色々出来たね」と言いながら、これらの絵に至った経緯について聞いてくれた。壁一面に貼った絵を見渡し、いきなり、「じゃあ、ライバルを絞るか」という話になる。