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第77話.「ベンツ」の価値を「軽」のコストで
1977年
研究所の各機能ブロックの責任者(マネージャー)が所長室に集められ、次期(2代目)「ホンダシビック」のための先行研究を開始するとの指令がでた。研究所社長から進めるに当たっての訓話があり、その目標とするところは、「ベンツの価値を軽のコストでつくる」であった。初代シビックが発売されてから、すでに5年が経過していた。
先行研究プロジェクトのLPL(機種開発責任者)は、「モヒカン(ルーフモール)」開発でご一緒だった車体設計のHさん。LPL代行は、艤装設計のホープSさん。その下に、各機能ブロックのマネージャーがずらっと並んだ錚々たる布陣。私はと言えば、デザイン室の技術総括として忙しい毎日を過ごしていた。
それにしてもこの目標が達成できたなら、バリューフォーザマネーの極みとなるに違いない。初代アコードの時にも、その「質」を標榜しながらも遥か手の届かなかった「ベンツ」である。それを「軽自動車のコストでつくれ」と言うのだから、誰もが、やる前からこれはギブアップだと思ったようだ。
初代シビックの時の「グラム作戦」が頭をよぎる。どのブロックも「グリコ(ギブアップして手を挙げた格好が、グリコの箱のゴールインマークによく似ていたので、よくこのように言っていた)」とは言えず、個々に実施計画書をつくり始めた。
デザイン部隊としては、コストはともかく、「ベンツの価値とは何か」をはっきりさせないことには前に進めない。これまで、「ベンツはいい車」いう具合に漠然と思ってはきたが、なぜそうなのかについて真剣に考えたことはなかった。
高級車というのは、大きくて、重くて、高いものだとされてきたが、世のお金持ちや権力者は、ベンツの何に価値を求めて買っているのだろうか。やっとの思いでシビックを買った30代半ばの安サラリーマンの私には、大変難しい課題に思えた。
なんと言っても、自動車を発明し、当然のことながら一番長い歴史をもち、それに最高峰のレースを席巻した華々しい戦歴をもつ会社でもある。その会社のスローガンが「最高のものをつくる」と言うのであるから、きっと車は素晴らしいに違いない。
などと思ってしまうと、一歩も前には進めない。もちろん、それらはベンツを買う人たちにとって「大きな価値」であるに違いないのだが、この際それらをちょっと横に置いて、車という「モノ」それ自体がもつ「価値」を、きちっと見極める必要があると覚悟した。