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第20話.ガンメタ

1968年

ボディの溶接行程後の組立ラインで、テールランプをビルトインしたリヤガーニッシュ(トランク後面飾り板)が、ボディの座面に嵌まらないというので大騒ぎになり、原因究明作業が進められた。
3つのピースに分かれているリヤガーニッシュは、3つそれぞれに規定の公差範囲内で出来ているし、コンプリートした状態でも公差内だから、修正しなければならないのはボディコンプリート(完成車体)の方だった。
関係部所が集まる対策会議は、行き詰まったままである。私は会議室の一隅でずっと考えていた。3つのガーニッシュは、左右のテールライト部がS電機製、中央部は内作で、この3つの複合精度をつくり上げるのが私の役目である。
研究所でつくる試作車は、溶接治具を内側基準にしてボディをつくっていた。こうしてつくるボディは、公差の分だけ図面の寸法よりわずかに大きくなる。だから、研究所の試作ボディにリヤガーニッシュなど艤装品を取り付けると、ボディとの隙間が常に大きくなる傾向があった。
これに苦労させられた私は、ガーニッシュの仕上がり寸法を公差の上限に(つまり、わずかに大きめになる)とお願いしていたのである。が、工場での量産のボディが、研究所の試作ボディとは反対に、外側基準でつくられるとは夢にも思っていなかった。
しばらくして、「ウチでやりましょう」との発言で沈黙が破られた。中央部ガーニッシュ担当の合成樹脂課の名人Tさんである。Tさんが言うには「ボディを今、いたずらにいじるのは得策ではない。ボディは、パネル単体では寸法は公差内にある。このまま溶接(コンプリート)を習熟するべきだ」と。
この発言は、中央部ガーニッュをまず短く改修し、溶接が習熟したのち再修正で長くするというもの。金型の劣化を覚悟で修正の二度手間を買って出てくれたのだ。私は会議室の隅で、「こんな手もあったのか」と、名人Tさんに対し、心の中で両の手を合わせていた。
こんな時期、私にも一つだけ成果があった。今回苦戦したリヤガーニッシュをはじめ、エヤーアウトレットガーニッシュ(風邪抜き用飾り格子)などの樹脂部品の塗装色が、社内の若い技術者の間で評判になる。
この色は高級感や高精度感を出すために、鉄砲の銃身の色をイメージしてつくったもの。色名を「ガンメタルブラック」と名付けた。その後、市場でも大いに評判となり、他社もこぞって同様の色を使うようになる。「ガンメタ」は一般用語となった。

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