第64話.寝ていた方がまし
1974年
「元気でやっているかい」と、初代「ホンダシビック」開発当時の研究所所長が、しばらくぶりにデザイン室に見えた。開発記号「653」という機種が、開発完了の直前で突然の中止となり、これまで力を入れて進めてきた開発チーム、ことにデザインの連中の落胆は大きかった。
前所長は、そんな我々を励ましに来られたのだろう。初代シビックの開発当時には、常に、蔭に日向にとチームを励ましてくれた方である。ところがその方が、「大変だったね」と言ってくれたものの、「こんなことだったら、寝ていた方がましだったかな。じゃあ頑張ってね」と言って出て行かれた。
これにはみんな、かなりのショックを受けた。が、この「寝ていた方がまし」には、「調子に乗ったら危ないよ」「これからは、よく考えてから仕事をするものだよ」と言う意味が込められていたことを、しばらく後になって気が付つくのだが。
こうして研究所所長を経験されたお二人から、それぞれにお言葉をいただいた。それらがすぐ後に始まった開発機種の中で、我々にどのくらい力を与えてくれたか計り知れず、どちらの方の言葉も忘れられないものとなった。
この機種「653」は、我々にいろんな反省材料を提供してくれた。「653」のことを「ゴクロウサン(本当はロクゴーサンなのだが)」と、周りから皮肉たっぷりに言われる度に、チームの連中は随分と悔しがったが、その悔しさがバネになった。
「653」の開発中止のあと試行錯誤の末、次のプロジェクトの準備に入る。シビックの1クラス上の車ということで、当然、お客さんの年齢層もシビックより高い。30歳そこそこの人間が大人になったつもりで背伸びをして、あれやこれやと考えを巡らせた。
若い力には凄いものがある。が、若さゆえ不可能なことも多い。そうと知りつつも、ついつい背伸びをして無理なことを考えたがるものだ。そして、無理を正当化するため、さらに無理を重ね理屈っぽくなる。果ては屁理屈になって、結局そんなこんなで、「653」プロジェクトも頓挫したのかも知れない。「心・技・体一如」の大事さを痛感させられた。
挫折感の中で、ふとサミュエル・ウルマンの「青春の詩」の一節に出会う。「青春とは、…心の様相を言うのだ」。やっぱり大事なのは、「若い」ではなくて「若さ」なんだと、「若気の至り」を反省した。そうだ、今度やる時は「ヤング」ではなく、「ヤング・アト・ハート」で行こうと誓った。
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