第11話.知恵を出せ
1966年
「ホンダN360」の開発が、艤装部品など小物デザインの段階に入った頃のこと。「アイデアを練るのは楽しいねえ、それをモノにするのはもっと楽しいよ。こんな楽しいこと、君たちどうしてやらないんだい」と本田さんが。そして毎日のように、「知恵を出せ、知恵を出せ」と急き立てられた。
外観では、まずフロントフェンダーとトランクリッドの樹脂化がある。2輪では「ジュノー」をはじめ「スーパーカブ」、4輪では「AK360」と、他社に先駈け積極的に採用してきた。一回の射出で成形できる旨み、それに軽量化や耐衝撃性にも効果的。
が、良いことばかりでなく、ボディとの合わせやたて付け、フロントフェンダーの取り付け方やトランクリッドの強度確保、成形時のリブのひけ(成形後に製品が部分的に凹むこと)対策、塗装の仕上がりや色合わせなど、いずれも大苦戦を強いられた。
他には、まずアンテナがある。センターピラーのボックス断面の中にアンテナを入れるタイプ。が、これがすんなりと入ってくれない。結局、しなりの強い一本の細い鉄線で対応。アンテナを出して走ると風でしなり、感度が急に悪くなって悪戦苦闘。エンジンキーのフラット部に孔を開け、それでアンテナを引き出すアイデアも生れた。
「バンパー」はロール成型の一体タイプに。メッキが良く光るようにと、コの字断面の垂直面を上向きにしたため、両脇に廻った部分の端末処理には大苦戦。「フィラーリッド(給油口の蓋)」は助手席ドアの後方に配置、ドアとピラーの隙間に開閉レバーを付け、ドアを開けないと操作出来ないようにし、フィラーリッド専用の鍵を廃止する。
さらに、「フューエルキャップ(給油口の栓)」は、廉価な樹脂のブロー成形品に。「フロントグリル」には、ホンダマークやウインカーランプを取り付けた上、それらの座面も一体化。「ドアハンドル」は、「スーパーカブ」のブレーキレバーからヒントを得てアルミ成型品に、などなど。
こんな小さな車にどうしてこんなにと思うくらい、これまで見たこともない独自のアイデアが盛り込まれ、さながら知恵比べの天覧試合を思わせた。がどれをとっても、ものにするのに一苦労。
この一機種の開発の中で、いろんな材料による様々なつくり方を一気に体験できた。難しいことに挑戦するのは苦労も多かったが、楽しさの方が遥かに大きかった。「難しいことほど楽しい」ということを、身体で覚えた時期でもある。