第97話. シビックのような
1980年
青山に計画中の新本社ビル建設を担当する建設会社の方々から、「相談にのってもらいたいことがあるので」との連絡が入った。何事かと思って建設用地にある計画室に伺う。「この件は研究所のあいつに聞いてくれ」と計画責任者である久米是志本田技研専務に言われたという。
また計画を進めるにあたっては、「新本社ビルは、創業者である本田さん、藤澤さんお二方のいわば『モニュメント』、出来るだけお二人の意を汲みたい」とのこと。設計担当の方が、お二人にご意見を伺いにあがったところ、それぞれにお考えが分れていたとのこと。
ビルの外観について、本田さんは「四角がいい」、藤澤さんは「丸がいい」と。困り果てて専務に相談したところ、「初代シビックのようなビルにしたら」との答。「ますます、分かりません」と言うと、「初代シビックの形は、本田さんも藤澤さんも気に入っているし世間の人にも評判が良い。その秘訣は、つくった当人が一番良く知っているはず、直接聞いてもらった方が早い」となったようだ。
建築設計の錚々たる方々が、若造の私が何を言い出すかじっと待っている。しかたなく、「みなさんにお尋ねしますが、シビックはどんな形に見えますか」と切り出してみた。唐突な質問にみなさん戸惑った様子。そこで、「ご自分のイメージをお一人ずつおっしゃって下さい」とお願いした。
「僕は何だかコロッコロした丸い感じがするなあ」と最初の人。「私はガチッとした四角いイメージだよ」と次の人。「丸でも四角でもない、そう台形かな」と車雑誌をよく読んでいそうな人。さすがに三角だと言う人はいなかったが、丸だ四角だと十人十色の自己主張が一頻り。頃合いを見計らて、私は我が意を得たりと、「そうなんです。一つのモノがいろんな形に見えるんです」と言って、生意気にも例の「○△□論」を披露。
人はそれぞれ自分の好きな形を持っている。いろんな人を相手に商売させてもらうには、いろんな形に見えるように、例えば、丸が好きな人には丸く見えるようにと心を配る。誰が見ても一つの形にしか見えないモノは、いっとき爆発的に売れることはあっても長続きはしない、などと。
シビックは台形の角を丸くした形。さすがに三角の方はいなかったが、台形は三角と四角の合いの子、三角はさしずめ「隠し味」と話したら、初めてみなさんが笑った。それにしても「初代シビックのような」とは、専務もうまく言われたものだ。