第139話.乾坤一擲
1987年
休日だというのに研究所幹部が集まり、4代目「ホンダアコード」の企画で激論が続く。私は、AST(オートモティブ・ストラテジー・チームの略)委員長として会議の座長を務めていた。
80年代のホンダは、アメリカでの自動車生産を開始、2代目「ホンダプレリュード」や3代目「ホンダアコード」の好調などフルラインアップお確立、さらには10数年ぶりに復帰したF1レースの連戦連勝などによって、順風満帆の発展を続けている。企業イメージもまた、「スポーティな走り」や「都会的なセンス」と、良いイメージができ上がりつつあった。
が、FFレイアウトや排気ガス規制対応など、これまで培ったホンダの技術的アドバンテージは他の追随を許すところとなり、予想される熾烈な競争の中で、どのような独自性が保持できるかが課題であった。
また、これほど頑張っても、国内販売が7~8%のシェアで留まっているのも気になるところ。研究所の連中にとっては、商品力主導でホンダの拡大発展を牽引してきたとの自負もあり、議論にもその気負いが感じられた。
そんなところから、4代目アコードの先行研究の中で、革新的な縦置きFF(前輪駆動)の5気筒エンジンの構想がもち上がる。これは従来の横置きFFの車より前後の重量配分が理想に近づき、新しい走りの世界がつくり出せる予感があった。また、「5気筒はF1の10気筒エンジンを二枚おろしにした」というエンジン屋の説明にも、何やら感じるものがある。加えて、そのレイアウトからくる「新しい骨格」にも大いに魅力を感じていた。
このレイアウトをもとにサイドビューのスケッチを描くと、トーボードからフロントホイールセンターまでの寸法にゆとりが出て、しかもフロントオーバーハングも極端に短くできる。これまでやってきたFFレイアウトでは到底望めない、例えばジャガーのような、風格とスポーティさを合わせもつ新しいセダン像がつくれそうだ。
うまくするとこれを起爆剤に、ホンダも新しい上級車の領域を望めるかも。まもなく実験車ができ上がり、みんなで乗ってみる機会を得た。期待通りの切れ味の良い走りが体感でき、自信を深めることができた。
が、自動車メーカーにとって、新しいエンジン開発は極めて大きな投資になる。開発部隊はそれを承知で、「乾坤一擲」とでも言おうか、このエンジンを4代目アコードに採用したいとの気持を高めて行った。「ドキドキワクワク」の毎日であった。