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第33話 プラットフォーム流用
1969年
「この絵の車、急いで粘土のモデルにしてみてよ」、と研究所所長から。軽乗用車「N360」がモデルチェンジされ、4ドアタイプの「ホンダライフ」として市場の人気を得ている最中。さて次をどうするかと、所員の誰もが考えるところであった。
丁度この頃、新しい都市交通のあり方について研究を進めているチームがあった。どうやらそれが、軽自動車と大衆車を繋ぐ小型車のようなのだが、検討が思うように捗っていない状態にあるとも聞いている。
経営陣が、少々苛つき始めているそんな中、車体設計のAさんの発案で、渡りに舟とこの提案の具現化がもち上がったらしい。「ちょっと絵にしてみてよ」の話が、あれよあれよと言う間に、気がついたら、その絵をもとにどんどんクレイモデル作業が進んでいたというわけだ。
のちに、この車に付けられた「ステップバン」という呼び名は、もともとアメリカでは車のカテゴリー名称である。このタイプは、商用として使うために、乗り降りのし易い低い床と大きな荷物の積める高い屋根をもち、けっこう図体の大きな車である。こうしたコンセプトを、軽自動車のサイズでつくろうと言うのが今回の目論見のようであった。
開発のやり方は、「バモス」のそれに酷似している。量産機種のプラットフォーム(エンジン、前後サスペンションとフロア)をそのまま流用し、全く新しいコンセプトの車をつくろうというのが今回の発想である。「バモス」が軽トラック「TN360」のものを使用したのと同様に、この車には「ライフ」のものの流用が決まった。
しかも、投資を極力抑え、できるだけ早く立ち上げようとしたところが、バモスとそっくりである。が、最初に1 /1のクレイモデルをつくろうとしたところが違っていて、本格的な開発であることが見て取れる。これもまた、研究所所長の考えるところだろうと察しがついた。
デザインの進め方も、ライフの1/5レイアウトの上に線画を描く程度でモデル作業が開始される。そんな訳でレイアウト図の段階から、ドアパネルのデザインが、前後対称でつくれそうだということの当たりがついていた。
実際にこういうことが可能となると、開発工数の削減や開発期間の短縮、さらには投資やコストの低減に貢献することは間違いない。どれだけ寄与するかはともかく、そういうことを徹底して考えている車だと言うことを、担当メンバー全てに知らしめる格好の材料となったのである。