第145話. 急・軽(QK)
1989年
開発記号「QK」という呼称のこの車は、研究所のVCR(ビークル・コンセプト・リサーチ)チーム提案の、3つのモデルの中から選ばれたもの。特急開発というので、外部の手も借りてつくられた。
開発チームは、初めての試みとして公募の形が採られる。まさに、「急(Q)・軽(K)」なり。ワンパック・ワンロット開発(営業・生産。開発メンバーが開発の最初から最後まで一体となり、試作・テストが一回だけ)と言われて、勇んで応募した連中も開発期間の短さに青くなる。
2週間でパッケージレイアウトとスケッチを完成、3週間でクレイモデルを仕上げるという荒業。拡大コピー機を使用する本邦初の「安い・早い1/1スケッチ」。いつの世でも困ると何か出てくる 。
開発要件を、90年代ホンダの「夢・発見・ドラマの実現」とした。20歳前後のトレンディな若者をねらった「軽・フルオープン・ミッドシップ・コミューター」である。「理屈抜きに楽しい」が合い言葉。エンジンは、リッター100馬力に近い3連スロットルシステム採用の660cc。前後輪異径のタイヤ(前13インチ、後14インチ)とディスクブレーキ(前13インチ、後14インチ)。エアコン、パワーウインドウの標準装備とエアバックのオプション設定。
勿論、フルオープンの幌タイプ。内外のデザインは「軽」を脱却したというところに拘り、外観はサイドのエアーインレットを特徴に、丸みのある小粋でかわいい方向を、内装はパッドから独立した3眼メーターを特徴に、2座席それぞれのパーソナル感を狙う。これを100万円ちょっとで売ろうと言うのだから大変である。
発表会の会場は、新宿副都心の超近代ホテル。この頃、もっとも人気が高いと言われていたタレントの司会で、若い開発メンバーが壇上へ。黄色の原色が塗られた「ビート」とともに紹介された。本田技研社長のネクタイも、今日は黄色である。
車の評判は、コンセプト、スタイル、それに価格、どれをとっても「さすがホンダ」と拍手喝采。モータージャーナリストの方々のほかに、トレンディ雑誌の編集長やファッション誌の女性評論家、まさに、「夢・発見・ドラマの実現」の発表会であった。
「これはいけるぞ」と実感。気がついたら、会場の片隅に、こっそりと本田さんが立っておられた。この情景を、どんな風に見ておられたのだろうか。これが、本田さんが発表会に見えられた最後の機種である。