第99話.核技術
1980年
「山篭りをしよう」との号令が。和光のデザイン室では、3代目「ホンダシビック」の3ドア、4ドア、5ドアの3箱を受けもち、デザイン作業の真っ盛り。技術の方も、「容易に他の追随を許さない『違い』の創出」を目指して検討が進む。が、いずれもまだ、「これは」と言うところにはない。
初代シビックの登場で、数年を待たず大衆車領域の競合車は、ほとんどFF(フロントエンジン・フロントドライブ)に切り変わる。FFのメリットを武器に独走してきたシビックも、2代目はキープコンセプトであったため、ファミリアなど競合他車の登場で苦戦を強いられていた。
その反省もあり、河口湖のホテルに篭もった研究所主要メンバーの検討会はどうしても熱が入る。湖畔の満開の桜を、一度も見ないで帰った仲間もいたくらいだ。3代目はどんなシビックにすべきかと、伯仲した議論が何日も続く。
そのうち、エンジンルームのコンパクト化が焦点となり、次第にこれを「違いの核」にという方向で議論が進む。中には不可能命題であるとして反対する意見も出たが、他に妙案もなく結局この案に絞って、とにかくやってみようと。
そこで違いの核づくりのヒントになったのは、初代のシビックやアコードのエンジンルームの前後長が、FR(フロントエンジン・リアドライブ)車に較べ70ミリ短いというところ。これと同等のメリットを、FF車同志の中でつくり出せればと考えたわけだ。
つまり、2代目シビックのトーボード(エンジンと室内の仕切り板)からフロントバンパー先端までの距離を、2代目シビックより70ミリ縮めることができれば、FF車群から抜きん出ることができるはず。これに2代目プレリュードでなし得た「低ボンネット化技術」を加えれば、鬼に金棒となるに違いないと。
が、このエンジンルームの前後上下の寸法短縮案には、さすがのエンジン屋も悲鳴を上げた。じゃあ他に、これに匹敵するインパクトのある案はあるのかと、レイアウト図を前にとことん議論が重ねられたが、結局「これしかない」との衆議になり、「やるっきゃない」と、みんなのパワーが「エンジンルームのコンパクト化」に集中した。
せっぱ詰まった議論の結果、2代目シビックに対して前後で約60ミリ、上下で約30ミリ小さいエンジンルームが実現。この「機械部分極小化」技術は、その後展開された「役割明快」な4つのパッケージ(3ドア、4ドア、5ドアとCRX)をつくるための「核技術」となった。