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第40話.知恵くらべ

1970年

初代「ホンダシビック」の車体の大きさは、5平米という占有面積を一つの歯止めとした。このことは、上方志向にある若いチームメンバーにとって多少の抵抗は感じたものの、レースマシンをつくるような快感があった。確かにレースマシンづくりにも、排気量やサイズなど厳しい規制のもとでの知恵くらべがある。
検討の末に生まれた基本骨格のもと、居住確認モデルができ上がった。寸法的に決して大きくはないのに、座った人には室内の広い車だという印象を与えることができた。この「広さ感」は、とことんまで詰めたアイポイント(運転者の目の位置)設定の工夫にある。フロントガラスはあまり寝かさず、Aピラー(フロントガラスを支える柱)も少し前に出した。  
横置きFFの特徴で、トーボード(エンジンルームと室内の隔壁)は前方に出せるが、ホイールハウス(車輪の泥除け)は室内に出っ張ったままになる。だから、ペダル類はどうしても車体の中央方向に寄せざるを得なくなり、とは言え足を斜めにしてペダルは踏めないので、運転席は幾分真ん中に寄る。
が、この結果、目の位置がフロントガラスやAピラーから遠くなり、これが幸いして、誰もがびっくりするほど良い開放感が得られたのである。また発表後に、前席左右は「鬱陶しくなく離れすぎない絶妙な距離」と評されたが、こうした前席二人の距離感の良さは、FFレイアウトを生かし切ったシビックならではのことであった。
シビックはもともと「小さな車」として企画された。大きなクルマ並の好条件など望むべくもない。逃れることの出来ない悪条件を嘆いても始まらないとして、それを逆手に、少しでも良い方向にもって行こうと「知恵」を絞った。寸法的にはどうにもならなくとも、寸法以上に広く「感じてもらえれば、」と。
手品師がお客を「騙して」喜ばせるのと似ている。ドアのライニング(内張り)の面積を減らして鉄板面をむき出しにしたことや、前席シートを一寸低く目に設定したことなど、様々な知恵が微妙に影響し合って「こんな小さな車なのに!」と、誰もが驚く室内の広さ感を生んだ。
シビックの開発は、人、物、金、すべてが「ないないづくし」であった。だから、チームメンバー一人ひとりが「やむにやまれず」知恵を出し、こうしたことの積み重ねが、人がやらない「新たな領域の創造」に繋がったのであろう。私は、ないないづくしこそ、知恵を探り出す「魔法の杖」だと思っている。

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