千字薬 第5話.木型メッキ
1964年
やっと4輪担当の一員となり、「L700」というバン(貨客車)の外観デザインチームに入る。この開発機種は、人気のM社ファミリアバンを競合車に見立てた企画で、バンパーのデザインと図面化が、私にとって最初に任された仕事となる。
今回も、クレー(粘土)モデルはつくったものの測定の工程はなく、画張りをもとにした図面作業となった。それでもS600クーペの経験が活き、思った通りの木型モデルが仕上がる。
が、それからが大変で、木型モデルを本物のように見せるため、銀(メッキ)テープを貼る作業が待っていた。伸びないテープをコーナーの3次曲面に貼るには、テープを細く切って根気よく貼り付けていくしかない。
気が遠くなるような作業の連続で、しかも仕上がりは惨めなものだった。こんな作業は二度とやりたくないと、考えた末、木にメッキをすればと閃く。検討の結果、表面に電気が通ればメッキができることが分かった。
その後、ABS(アクリローニトル・ブタジエン・スチレン)樹脂に導電性があることを突き止め、樹脂を塗料のように溶かし木型に吹き付けることにした。
ところがこれが大失敗。液状の樹脂がノズルのところで固まってしまい、塗装の職人さんが大事にしていたスプレーガンを、三つも使いものにならなくしてしまう。それでも諦めず、しぶとく調達の課長さんに電気の通る塗料を探してもらう。
「念ずれば通ずる」で、しばらくして要望に近いものを発見。世の中には似たようなことを考える人がいるもので、名前は忘れたが、新潟のあるメーカーが砂型(鋳物の雌型)をつくる時、マスターになる木型の防湿のために表面にメッキする技術を開発中だと言う。
それは、カーボンと樹脂を一緒にして特殊な方法で液状化したものを木型に吹き付け、その被膜にクロームメッキを施すという方法。今度は固まってしまう心配はなさそうだ。
が、これにも欠点があって、表面が塗装の仕上がりのように滑らかな面にはならない。砂型をつくるのなら問題にならないが、商品モデルだとそうはいかない。吹き付けたあと、ザラザラした表面を細かいペーパーで水研ぎをする作業が加わる。
これが大変な手間がかかる上に手が真っ黒になることから、作業する人には極めて評判が悪かった。が、この方法によって、木型のモデルをまるで金属メッキのバンパーのように仕上げることができた。誰もがびっくりするほどの出来映えとなる。「必要は発明の母」なり。