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第92話.やってみれば

1980年


2代目「ホンダプレリュード」のデザインを進めているところへ、ふいに研究所社長が現れる。初代は、期待に反して国内市場の評価は低く、今回こそはとの思いはあるものの、特徴のあるデザインがつくり出せず悶々としていた。
こういう時は、むやみに手を動かすよりは頭の中を整理した方がよいと思い、初代は何故うまく行かなかったのか、お客さんはホンダに何を期待しているのか、などと考えているところであった。
分かってきたことは、当たり前のことだがお客さんは欲張りで、「スポーツカーの格好良さと乗用車の実用性を手頃な値段で」と言うことだった。また「ホンダらしくない」との酷評に対してまずやるべきは、もう一度しっかりホンダの「スポーツイメージ」を再構築することだと考えていた。
モデルがあまり進んでいないこともあって、社長にはそんな言い訳がましい状況報告をした。「ふん、ふん」と聞きいていた社長からは、「ところで、スポーツカーはなぜ格好がいいんだい」と投げ返される。私は社長の問いに対し以下のように答えた。
今は、ミッドシップ・レイアウトのスーパーカー全盛時代。スーパーカーは誰が見ても分かり易い「スポーツイメージ」を持っている。そのスタイルは重心を下げるためと空気抵抗を減らすための低いシルエットが特長。そのために、走ることを一番の目的としているスポーツカーは、エンジンを前後車輪の中間に置く。故に、後ろの席が極端に狭いか、後席なしの2人乗りになってしまう。反面、ボンネットの中にはエンジンがないので、その高さを極端に低くできる利点がある。したがって格好がいいんだ云々、などと。F-1の責任者をされた方に「釈迦に説法」とはこのことである。
「じゃ、何故そのようなシルエットにしないんだい」と再度切り返された。「すぐ、量産車に使えるミッドシップの技術はありません。たとえあったとしても、二人しか乗れない上に、高くて買えない車になってしまいます」と言い訳を重ねた。
「そんなことじゃ前には進まない、その格好いいと言うシルエットやらを、一度この上に描いて見ろよ」と言うことになる。自分なりに格好いいと思えるシルエットの線を、初代プレリュードの図面の上に重ねて描いてみた。
なんと、初代のボンネットより100ミリも低いところに線が引かれたのである。「エンジンがここまで下がれば良いのか、じゃ、やってみればいいじゃないか。」と、簡単に言われてしまった。

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