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千字薬 第9話.現物(ぶつ)

1966年

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「AN」いう社内呼称がつけられた「ホンダN360」のクレイモデルは、順調に作業が進んでいた。私にとっては、「軽」とは言え、生まれて初めてのフルサイズクレーモデル制作である。
私が発明した木製の定盤も大いに力を発揮。大ざっぱな形状をつくるのにはこのやり方は効果絶大。実際に粘土の塊ができ上がってくると、スケッチとは違った実在感があった。この塊を眺めていると、ああしようこうしようとの新しいアイディアが浮かんでくる。
ボディ設計の人たちがやってきて、粘土の塊を前にしてボディコンストラクション(構造)を検討していた。「ドアの見切りをどこにしようか」、「溶接位置はここがいい」などと話し合っているのを、そばで聞いていて随分と勉強になった。本田さんが「ハンダを無くせ」とか、「構造は一体型がいい」と言っているようだ。
こうしたやりとりの中から、前後部の窓と屋根を一体でつくろうというアイディアが生まれる。「現物(ぶつ)を前にして」とは、こう言うことなのか。フロントウィンドゥ下側のつなぎ目はボンネットで隠し、リヤピラー下端のつなぎ目はテールランプで隠す。このテールランプは、その位置といい形といい、それまでにないユニークなものとなり、それだけにクレイモデルをつくるのにはかなり手こずった。
この頃使っていた粘土は「桂」と言って、彫刻家が塑像などに使う柔らかいもの。これでボディの角に、「とこぶし(アワビの仲間)」のように食らいつく3次元の稜線をもつ形をつくるのは容易ではない。
そこで、なんとか楽に見栄えよくつくる方法はないものかと、1ミリくらいの細いアルミ溶接棒を使うやり方を考案。これでやると、難しい稜線もなんなくつくることが出来た。「窮すれば通ず」である。その後この方法は、ボディの基本線にまで使われるようになり大変重宝した。
クレイモデルが出来上がって、固定定盤と測定器のある検査課まで運ぶ。ジャッキで持ち上げ、造形室を出て50メートル程のコンクリートの廊下をゴロゴロと引っ張り、検査課に着いた頃には、あろうことか、前後のバンパーから下のスカート部はほとんど落ちて無くなっていた。
笑うに笑えない失敗談である。その後、補修の時間も取れず、そのまま測定から線図へと作業を進めた。スカート部がなくなったクレイモデルを眺め、「たしか、ここはこうだったろうな」と思い出しながら、すべて、図面の上でデザインする羽目となったのである。

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