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第224話. 雷オヤジ

1998年

「創50」の行事も無事終わった。本田さんが亡くなって早や7年になる。叱ってくれる人がいなくなり、自分が叱る立場になって初めて、叱ることの難しさを身にしみて感じるようになった。
昔から「地震、雷、火事、オヤジ」と言われてきた。とりわけ、最後にある「オヤジ」は、このところすっかり威厳をなくしている。「オヤジ」という言葉を聞くと、つい本田さんのことを思い出してしまう。
本田さんは、社員たちから「オヤジ」と呼ばれていた。が、若い我々にとっては、ただの「オヤジ」ではなかった。「雷オヤジ」、それも特大の音を立てて落ちる「カミナリ」で、叱られると本当に恐かった。
何度も夢でうなされたほどで、まさに「技術の鬼」とはこういう人のことを言うのだろう。ところがこの「雷オヤジ」、技術者として非常に謙虚な人で、技術は「世のため人のため」にあるとし、技術のために一人歩きする技術を大変嫌った。
本田さんは本気で叱る。口より先に手が出ることもしばしばであった。が、叱ったあと本田さんは決まって、「ああまで言わんでも、俺もバカだな」と頭を掻いていたと聞く。ミスをおかした当人も、そうしようとして失敗したわけではなく、自分が急かしたことにも原因があると感じていたからだ。
失敗について本田さんは、「サルも木から落ちる」に擬えて、木登りが得意なサルが心の緩みで木から落ちてはならない。それは慢心や油断から生じたこと。が、サルが新しい木登り技術を得るために、ある「試み」をして落ちたのなら、これは尊い経験として奨励に値する、と捉えていた。
つまり、進歩向上を目指した結果の失敗には寛容だった。そうした失敗は、教科書にはない教訓を与えてくれ、その積み重ねが強さとなる。特に若い頃の失敗は、将来の収穫を約束する種だ。試みることで木から落ちたのなら、その原因を追及し、そこから新たな工夫のヒントを探り、次の試みに意欲を燃やせばよい、としていた。
これは若いエネルギーを称えたもの。本田さんは、若さとは困難に立ち向かう意欲であり、枠にとらわれずに新しい価値を生む知恵だとしてそれを尊重した。こうした若さへの寛容の心は、次に会った際の本田さんの、「おお、すまなんだ」という言葉や笑顔に詰っていた。その一言に表される思いは、叱られた者にも十分に響き、そこには世代を越えた心と心の通い合いがあった。「カミナリ」は「神なり」ということか、まさしく、神のお告げなのかもしれぬ。


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