第149話. 一念、岩をも通す
1989年
ホンダがつくる本格スポーツカーとなると、この車は好むと好まざるに関わらず、「ホンダの走りを象徴する」ことになる。それを形につくり上げるのだと思うと、身震いがした。裏磐梯のホテルでの企画検討会議は、すでに1週間を経過。
「何」をこの車の「アイデンティティ」とするか、それをどのように具現化するかという議論の中から、「我々は、フェラーリやポルシェのようなスポーツカーメーカーではない。が、F1の覇者であるという自覚をもち事に当たろう」との意志統一ができた。
その覚悟をもとにさらに議論を進め、この車のコンセプトを、「乗用車の快適性と安全性を備えた、世界最速のスポーツカー」と定義づける。いつものことながら、今回はことさら、「志は高く」を誓い合った。
が、手中にある最強エンジンは、レジェンドのV6・165馬力唯1つ。果たしてこのエンジンで、考えているような車が出来るだろうか。運動性能の担当者によると、レジェンドの半分くらいの重量でないと期待する性能が得られないという。またまた行き詰まってしまった。
何日か悶々としている時、チームメンバーの一人である材料研究の担当者が、大型バイクのアルミフレームの写真を持って現れる。「軽くするにはこれしかない」と言う。みんなが目を剥いた。そんな車は世界中捜してもない。
さらにそこへ、長い間小さいエンジンをリアフロアの下に置くコミューターを研究している担当者から、「二人乗りのミッドシップにしたら」、との提案が。「大きいエンジンでもやれるの?」と、半信半疑で誰かが聞いたが、「2人のりのF1だよ」の言葉に納得。これが前へ進むきっかけとなった。
エンジンも、5割増しの「250馬力」にと高い目標を立てる。こうして、初代レジェンドのV6エンジンを使った「ミッドシップエンジンレイアウト・アルミエンジン・アルミボディの超軽量・2シータースポーツカー」の構想がまとまる。
いくらのコストで出来るのか、また売れるのか見当もつかなかった。が、これ以外ないというほど議論を尽くした。決め手は「ホンダらしさ」、すなわち「アイデンティティ」。こうして企画は乗せ上がった。
この後の技術的展開は、私の役目でないので省略する。が、アルミボディとミッドシップ・エンジンレイアウトという未知への取り組みは、その後、オールホンダを巻き込む大仕事となったことだけは言っておこう。「一念、岩をも通す」の喩えである。