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スポーツで学ぶ会計・税務 #移籍金③
スポーツビジネスの領域で話題になるテーマを題材にして、会計及び税務の解説を行うコラムを開始します。
第1弾の移籍金シリーズ3回目のテーマは、【選手の交換 (追加の支払・受取)】の計上方法です。シリーズ1回目【移籍金収入】はこちら、シリーズ2回目【移籍金支払の費用】はこちら
①【移籍金収入】
②【移籍金支払の費用】
③【選手の交換 (追加の支払・受取)】<- 本日のテーマ
④【移籍金に係る税金(法人税・消費税)】
選手の交換とは
現所属クラブに在籍しているA選手と移籍先クラブの在籍しているB選手のトレードが行われる場面を想定しています。
現所属クラブでは、A選手を含めたFWの選手が多いが、DFの選手が足りず、一方で移籍先クラブでは、B選手を含めたDF陣が多くFWの選手を新たに獲得したい場合にトレードが成立する可能性があります。
もしA選手とB選手の市場価値、つまり移籍金の価値が同じ場合だと選手を交換するだけで手続きは終了となります。
会計上では、「同種の等価交換」に該当する取引となり、収入と費用は計上されません。
仕訳は、放出するA選手の簿価と同じ額でB選手の簿価を計上することになります。
(借方)B選手の無形資産(簿価) XXX円 /(貸方)A選手の無形資産(簿価) XXX円
もし、A選手の移籍金の価値が2.5億円で、B選手の移籍金の価値が3億円であったとします。この場合、現所属クラブは2.5億円のA選手を放出して、3億円のB選手を獲得できたとみなして、現金の支出・受取がなくても、現所属クラブは0.5億円の利益を得たとみなされます。
(借方)B選手の無形資産 3.0億円 /(貸方)A選手の無形資産(簿価) 2.5億円 + 交換譲渡益 0.5億円
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選手の交換に、追加の支払・受取のケース
上記の例では、現金の支出・受取が発生しない場合でしたが、もし放出する選手と獲得する選手に大きな価値の差がある場合には現金の支払・受取が付随することがあります。
実際に2024年夏の移籍シーズンにおいて、ユベントスに所属していたサミュエル・イリング・ジュニオール(Samuel Iling-Junior)とエンソ・バレネチェア(Enzo Barrenechea)とアストン・ヴィラに所属していたドゥグラス・ルイス(Douglas Luiz)の選手交換では、ユベントスはアストンヴィラに追加で80億円(50Mユーロ)近くを支払いました。
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その選手交換取引を纏めると、それぞれ次の移籍金で移籍しました。
ユベントスがドゥグラス・ルイスを獲得するためには、市場価値である70Mユーロ必要となりますが、ユベントスに所属していた2選手をアストン・ヴィラに移籍させることで、50Mの支払いで済んだ取引になります。
ユベントスはこの取引を次のような仕訳を行うことになります。
ユベントス所属2選手の簿価は1億円と1.5億円でしたので、その2選手を合計35億円で放出できたので、32.5億円の譲渡益が発生します。
(借方)無形資産(ドゥグラス・ルイス) 80億円、未収金35億円 /
(貸方)無形資産(サミュエル・イリング・ジュニオール簿価) 1億円、
無形資産(エンソ・バレネチェア簿価) 1.5億円、
譲渡益32.5億円、未払金80億円
選手の交換を利用した水増し会計
ユベントスはユーロネクスト・ミラノ証券取引所に上場しており、適正な財務情報を投資家向けに公表する義務があります。毎年Big4と呼ばれる大手監査法人のE&Y(現在はデロイト)の監査を受けています。
また、欧州サッカー連盟(UEFA)のファイナンシャル・フェアプレーの財務基準を満たす事を要求されて、売上高に占める選手の人件費率を超えてはならないというルールがありました。それに違反すると、多額の放映権収入が見込めるヨーロッパ・チャンピオンズリーグへの参加が認められないことになります。
2020年9月、ユベントスは当時所属していたミラレム・ピヤニッチをバルセロナに移籍させる代わりに、バルセロナに所属していたアルトゥールを獲得する選手交換の取引を成立させました。
取引当時、ユベントス所属のミラレム・ピヤニッチの簿価は11.5Mユーロでしたが、60Mユーロでバルセロナに移籍させました。その結果、ユベントスは60M-11.5M=48.5Mユーロの譲渡益を計上することができました。
尚、その時の市場価値は45Mユーロでした。
一方で、ユベントスはバルセロナからアルトゥールを獲得するという選手間の交換を行い、市場価値は56Mユーロでしたが、ユベントスは80Mユーロで獲得することになりました。簿価は推測ですが15Mユーロ程度で、バルセロナは80M-15M=65Mの譲渡益を計上することができました。
ユベントスはバルセロナに、20Mを現金で追加支払う契約としました。
双方の選手の移籍金は市場価値を30~40%近く上回る取引であり、この背景としては移籍金を市場価値よりも互いに高くすることで、譲渡益を水増しして、UEFAのファイナンシャル・フェアプレーに違反しないようにしていました。
2023年にこの不正な水増し取引(キャピタル・ゲインの利益操作)が発覚したことから、ユベントスは2022/23シーズンのセリエAで10ポイントの勝ち点をはく奪され、2023/24のUEFAチャンピオンズ・リーグへの参加を禁止され、この取引に係った取締役メンバーは総辞職する羽目になりました。
結局、ユベントスはバルセロナから獲得したアルトゥールを殆ど試合で起用せず、リバプールやフィオレンティーナにレンタル移籍させ、2024/25シーズンは移籍先が見つからずまたユベントスでは登録外メンバーとなり1試合も出場していません。
このことから、アルトゥールはチーム力強化のために獲得した選手ではなく、ピヤニッチの譲渡益を水増し会計するために無理やり獲得した選手と言わざるを得ないでしょう。
また、ピヤニッチも移籍先のバルセロナでは出場機会が限られ、トルコのベシクタシュやアラブのチームにレンタル移籍となり、バルセロナとの契約解除となり、現在はCSKAモスクワでプレーしています。
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もし2つのクラブ間で価値の同じ様な選手を交換する場合、市場価値よりもはるかに高い金額の移籍金で成立させることで、現金の支払・受取することなく、いくらでも譲渡益を操作することができます。
そうすることで株主向けに、いい業績を見せかけることができます。一方で、法人税の納付額は増えることにはなりますが。