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「顧客商品戦略とは?」―マーケティング視点でのMD戦略―

この記事では中澤の考える、マーケティング視点でのMD戦略「顧客商品戦略(Customer-Driven Merchandising Strategy)」について解説させていただきます。

いま小売業界では、単なるマーチャンダイジング(MD)や従来のカテゴリーマネジメントだけでは、競争優位を築くのが難しくなっています。消費者の購買行動における選択肢が膨大に増加し、またコンビニやスーパーなどの業態間の境が曖昧になっていく中、店舗やECが生き残るためには、顧客戦略と商品戦略を融合させ、マーケティング・MD・店舗をバーティカルに連携させる統合的アプローチが不可欠だと思います。

この新たな考え方を、「顧客商品戦略(Customer-Driven Merchandising Strategy)」と中澤は呼んでいます。そしてこの戦略の目的は「顧客資産の最大化≒LTV最大化」です。

本記事では、顧客商品戦略の定義、従来のMDやカテゴリーマネジメントとの違い、具体的な施策、成功事例、今後の展望までを詳細に解説します。

1. 顧客商品戦略とは?

1.1.顧客商品戦略(Customer-Driven Merchandising Strategy)

「顧客商品戦略(Customer-Driven Merchandising Strategy)」とは、単に商品の売上最大化を目的とするのではなく、顧客の行動変容を促すために、特定の商品や商品群をマーケティング視点から戦略的に設計する手法です。

従来の小売業では、商品管理の視点が強く、売上や在庫回転率を指標とした「品揃えの最適化」が中心でした。しかし、これからの時代では、単なる商品別売上分析ではなく、「この商品がどのように顧客を動かし、店舗の成長に貢献するか?」を重視する必要があります。

つまり、「売るべき商品」ではなく、「顧客を動かす商品」を軸に戦略を設計することが、顧客商品戦略の本質です。

一般的な商品分類手法やカテゴリーマネジメントと異なり、「顧客商品戦略」では全ての取り扱い商品を「MECE」に分類することを目的としていません。

あくまでも、「顧客戦略」の観点で「顧客戦略カテゴリー」を設定し、そのカテゴリーに該当する商品や商品群をピックアップするという手法を取ります。

1.2. 従来のカテゴリーマネジメント等との違い

顧客商品戦略と従来のMD戦略・カテゴリーマネジメントの違い


2.顧客商品戦略の4つの主要カテゴリ

顧客商品戦略では、商品を「単なる販売対象」ではなく、顧客との関係性を築くための戦略的なツールとして再定義します。

この戦略において、商品は主に以下の4つのカテゴリに分類されます。(実際にはもっと多くのカテゴリが存在しますが、ここでは主要4カテゴリのみに絞って解説します)

2.1. 主軸商品(ストアコンセプトを体現する商品)

主軸商品とは、その店舗のブランド価値を体現し、ロイヤル顧客が「この店に行く理由」となる商品群です。
言い方を変えると、お得意様が「このお店はこういうお店だよね」とか、「あの商品群買うならあのお店だよね」と認識している商品群ということになります。

この考え方は、日本の小売業の中でも特に強いブランド力を持つ店舗(成城石井、無印良品、コストコ、カインズなど)がすでに実践している方法です。
👉 競合と比較して「圧倒的に充実した品揃え」を維持し、顧客がそのカテゴリを買うときに「絶対にこの店に行こう」と思わせる戦略は、競争優位性を確立する上で極めて効果的です。

【施策】

競合他店と比較し、品揃えの幅と深さを優位に保つ
在庫回転率を犠牲にしても、充実した品揃えを提供する
粗利率は平均以上を確保し、GMROI(商品投資利益率)を適正化する

【事例】

  • 成城石井のプレミアム食品ライン(輸入食品やワインなど)

  • コストコのロティサリーチキン(定番人気商品)

  • 無印良品の「素材を生かした食品シリーズ」

補足:品揃えを強化するだけでなく、情報発信・体験型施策も重要

ただし、品揃えを充実させるだけではなく、
店頭での体験型施策(試食・試飲・サンプル提供・POPの工夫)
ECやSNSとの連携による情報発信(特定商品の使い方提案、動画コンテンツ)
顧客の「選ぶ楽しさ」を提供する仕組み(ランキング、テーマ別陳列)

といった「顧客がその商品価値を深く理解し、選ぶことに喜びを感じる仕組み」をセットで考えることが重要です。

ストアイメージを決定づけ、お得意様が来店し続ける理由」となる戦略カテゴリーであるだけに、商品価値の正しい理解、新しい発見や出会い、価値を補完する演出といったモノに対して、他商品以上にリソースを投入し続けることが求められます。

2.2. 新規顧客獲得商品(フック商品)

新規顧客獲得商品は、ある意味マーケティング投資として割り切り、競合優位な価格を前提にプロモーションと合わせて提供する商品です。

通常、小売業では「価格を下げると利益が減る」と捉えがちですが、割引率を「顧客獲得コスト(CAC)」の一部として考え、マーケティング視点で戦略的な価格設定を行ない、中長期的な利益=LTVを狙います。

👉 特に日本の小売市場では、新聞折込チラシやデジタル広告に多額の予算を割く店舗も多いため、それを「割引価格での新規顧客獲得」にシフトするのは、よりダイレクトに効果を発揮する施策と言えます。

ただ単に人気の商品を安く設定しプロモーションをかければよいわけでなく、あくまでも「顧客資産の最大化=LTV最大化」を目的としたカテゴリーとなるため、以下のポイントを守らないと、単なる利益低下にしかなりませんので、注意が必要です。

【守るべきポイント】

自社のお得意様(ロイヤル顧客)候補の獲得につながる商品であること
将来的に主軸商品の購入(お得意様が来店し続ける理由商品)につながる関連商品であること
顧客の生涯購入商品の中で、比較的、少額(低価格)な商品であるか、または高額であっても業界標準として粗利率が元々かなり低いもの。(つまりLTVの中での粗利構成比が低い)

【施策】

広告費と同じ「投資」として考え、競争優位の価格設定を行う
デジタル広告やクーポンと連動し、認知度を高める
店舗前など視認性の高い位置に配置する

【事例】

  • ドラッグストアの「卵と牛乳」戦略(後述)

  • コンビニの「100円コーヒー」

  • ドラッグストアECでの「24本入りのミネラルウオーター」

2.3. 習慣化商品

習慣化商品には、「純粋に顧客の来店・購入習慣を意図的に定着させる」ことを目的としたモノと、より攻撃的に「競合他店から顧客の買い物習慣」を奪う」ことを目的としたモノがあります。

後者については、先ほどお話しした「新規顧客獲得商品」としての役割も担っているのですが、初回獲得だけでなく「継続利用」を前提としているため、マーケティング観点としては「獲得コスト+維持コスト」の両方が発生するのが特徴です。
顧客維持にかかるマーケティング投資として、習慣化商品を地域一番の最安値で提供する

「習慣化商品」による顧客奪取と来店習慣化を成功できた場合、
顧客が競合他店ではなく、特定の店舗を「生活の一部」として選び続ける仕組みを作ることができます。

特に日本の消費者は、一度「ここで買う」と決めると継続的にその店を利用する傾向が強いため、このアプローチはLTV向上において非常に効果的だと考えます。

【施策】

顧客維持にかかるマーケティング投資として、習慣化商品を地域一番の最安値で提供する
この商品を買うために来店を習慣化させる(「あの商品はいつもあの店が一番安い」と思わせる)
毎週、毎月など、一定サイクルで無意識に足を運んでしまう程まで、生活習慣の一部化できると理想的。

【事例】

  • 「卵と牛乳」を地域最安値で提供するドラッグストア(後述)

  • 「消耗品の定期購入割引」戦略(Amazonのサブスクモデル)

  • アパレルでの「靴下」「ストッキング」等の展開強化

一定間隔・リズムが習慣を作る

人間が何かを習慣化する場合、「毎日8時には」とか「毎週金曜日には」といった、決まった曜日・時間・日付といった「一定間隔とリズム」が重要になります。

エブリデーロープライスで習慣化消費の価格を安く設定できる事が本来は望ましいのですが(顧客によってリズムが異なるため)、難しい場合には、意図的に「リズム」を設定し顧客にリズムを植え付けるといった手法が有効となります。

具体的には、「毎週水曜日は魚が特売」のようなスーパーが行う施策がありますが、デジタル上では、「毎週火曜日に習慣化商品の値引きクーポンが届く」といったアプローチが考えられます。

実際、セブンイレブンアプリなどで「7のつく日はお得クーポン」の施策がありますが、「顧客商品戦略」においては、「習慣化商品」と結びつかないと意味がないため、「常に同じ商品カテゴリ」が「同じタイミング」で、お得になるアプローチの方が有効だと思います。


2.4. ついで買い商品(高粗利商品)

ついで買い商品は、利益率を担保するための高粗利商品です。小売業で「粗利プロフィットミックス戦略」と言われる手法に使う商材となります。先に説明した「新規顧客獲得商品」や「習慣化商品」など、粗利率を犠牲にする必要がある商品とクロスセルを狙うことで、購買利益を担保する事が最大の役割となります。

この手法を実現させるためには、「同時購入する必然性」や「同時じゃなくても後日クロスセル(時間跨ぎクロスセル)をする必然性」を、仕掛けとして用意する事が必要となります。

ものすごく優秀な販売員がいる場合には、その販売員は常に「粗利プロフィットミックス」や「GMROI」を意識した接客を行いますので、勝手に、この手法を実現してくれますが、そうで無い場合や、特に「EC(オンラインストア)」の場合には、「仕組み」で解決する必要が出てきます。

【仕組みの例】
もっとも単純な仕組みが「ポイント制度」です。これにより「時間跨ぎのクロスセル」を行う土台を作り、One to Oneメール等で「粗利率の高い商品のクロスセル」を狙います。
「こちらの商品と一緒に買われています(by Amazon)」施策です。家電がイメージ湧きやすいと思いますが、例えば、掃除機を購入した場合などに、付属消耗品のフィルターなどを、高粗利で設定し販売します。

家電量販店などは、実は商品カテゴリによって極めて粗利率が異なる傾向があり、TVやPCなどのデジタル家電は「粗利率5%~10%」というのがザラで、逆に冷蔵庫や掃除機などの白物家電は「粗利率40%」を超えるようなケースもあります。

なので、「新社会人応援セール」のように、デジタル家電と白物家電の合わせ買いを狙った施策や、ポイント還元率をかなり高めに設定し、なんとか「時間跨ぎのクロスセル」を狙う必要があるわけです。

【事例】

✅ マクドナルドはハンバーガーを低価格で提供し、ポテトやドリンクで利益を確保
✅ コストコは一部の商品(ロティサリーチキンなど)を利益度外視の価格で提供し、他の商品で利益を補填
✅ ドラッグストアは医薬品で顧客を呼び込み、化粧品やサプリメントで高粗利を確保

補足:さらに強化するためにできること

「ついで買い」を最大化する陳列・レイアウトの工夫
買い物かごやカートのサイズ・動線を考慮し、平均購買点数を増やす設計
デジタルクーポンなどを活用し、クロスセルを促進
ポイント制度は前提として、粗利プロフィットミックスを考えた「One to Oneメール」や「APP Push」施策の実施

これらを組み合わせると、さらに高い収益性を実現できると考えます。


3. 成功事例の詳細分析

ここでは、実際に顧客商品戦略を成功させている具体的な事例を詳しく分析します。それぞれの事例がどのような背景で生まれ、どのような戦略が採用され、どのような成果を生んだのかを詳しく解説します。


3.1. ドラッグストアの「卵と牛乳」戦略

📌 背景:ドラッグストアの進化と競争環境の変化

近年、日本のドラッグストアは、単なる「薬局」ではなく、日用品や食品まで幅広く取り扱うディスカウントストア的な存在へと変貌を遂げています。この進化の背景には、以下のような市場環境の変化があります。

競争の激化:コンビニ、スーパーとのバッティング

  • 従来、ドラッグストアの主要な競合は「同業のドラッグストア」でしたが、現在はスーパーやコンビニも競争相手になっています。

  • 特に、スーパーとの競争では「日用品・食品の価格競争」、コンビニとの競争では「利便性と立地」が焦点となっています。

集客の新たな方法が求められる

  • 価格だけで差別化するのは難しくなり、「どのように顧客を店舗に呼び込むか?」が最大の課題となりました。

  • そこで、多くのドラッグストアが**「日用品のディスカウント価格」や「特定商品の安売り」を活用し、新規顧客の来店を促進する戦略**を取るようになりました。

📌 戦略の概要:卵と牛乳の価格設定で「平日の買い物習慣」を奪う

この競争環境の中で、**あるドラッグストアが採用した戦略が「卵と牛乳を地域最安値で販売する」**というものでした。

ターゲットとなる消費者行動の分析

  • 一般的な家族世帯は、週末に車で大型スーパーに行き、1週間分の食材や日用品をまとめ買いする。

  • しかし、「卵と牛乳」は消費サイクルが短いため、週の途中(平日)に追加で購入する必要が生じることが多い

  • この「平日の買い物習慣」をターゲットにし、スーパーではなく「ドラッグストアに行く習慣」を作ることができれば、顧客の来店頻度を高められる。

具体的な施策:地域最安値の設定と店舗レイアウトの工夫

  • 卵と牛乳の価格をスーパーよりも安く設定し、地域市場最安値を維持

  • 価格を単発のセールではなく、「恒常的な低価格」として消費者に認識させる

  • 店舗入り口の目立つ位置に陳列し、来店客の目に入るようにすることで、「この店は卵と牛乳がいつも安い」というイメージを強化。

結果:競合の顧客を奪い、LTV向上に成功

  • 消費者は「卵と牛乳を買うならこのドラッグストア」と認識し、スーパーではなくドラッグストアを訪れる習慣が形成された

  • 来店頻度が増加し、「ついで買い」の商品(化粧品・サプリメント・医薬品など)の売上が増加

  • これにより、店舗全体のLTVが向上し、単なる価格競争に陥ることなく、利益を確保できる構造が確立された


3.2. コストコの「ロティサリーチキン」戦略

📌 背景:コストコのビジネスモデルと顧客心理の活用

コストコは、会員制倉庫型店舗として、**「圧倒的な価格競争力」と「大量販売モデル」**を強みとする小売企業です。

「お得感」と「独自性」の強調

  • コストコの商品は、大容量・低価格で販売されるため、「普通のスーパーにはない特別な体験」を提供することが重要。

  • その中でも「ロティサリーチキン」は、コストコのストアコンセプトを体現する主軸商品として戦略的に設計されている。

📌 戦略の概要:ロティサリーチキンを「目玉商品」として活用

低価格で販売し、「お得感」を演出

  • 通常、スーパーで購入するローストチキンの価格は約1,500円~2,000円だが、コストコでは699円~799円という破格の価格で販売。

  • これにより、「コストコに行けば、お得に美味しいローストチキンが買える」という消費者の心理が形成される。

売場レイアウトの工夫

  • ロティサリーチキンは、店舗の奥に配置されており、購入するためには他の商品棚を通過する必要がある。

  • これにより、顧客は「ついでに他の商品も購入する」心理が働き、客単価が上昇。

SNSや口コミの活用

  • 「コストコのロティサリーチキンはコスパ最強」という口コミが広がり、SNSで話題になりやすい。

  • 結果的に、新規顧客を呼び込むフック商品としての役割を果たす。

4. まとめ

顧客商品戦略は、
主軸商品でブランド価値を確立
新規顧客獲得商品で来店を促進
習慣化商品でリピート率を向上
ついで買い商品で収益性を確保

という戦略的アプローチで、顧客の行動を設計するモデルです。

この戦略を実現させるためには、「マーケティング・MD・店舗がバーティカルに連動する」ことが必要となります。

従来の日本の小売業では、

  • MD(マーチャンダイジング)部門が品揃えを決定

  • マーケティング部門が販促や広告を担当

  • 店舗運営が実際の売場を管理

というように、各部門が独立して動くケースが多く、施策が分断されがちです。

しかし、戦略商品カテゴリーの定義に基づき、**「このカテゴリーは新規顧客を獲得するために使うから、広告と店内プロモーションを連携させる」**といった形で、MD・マーケ・店舗が一体となった活動を行えば、より高い成果が期待できます。

特に、日本の小売市場では競争が激化しており、単なる商品力や価格では差別化が難しい状況です。そのため、「なぜこの商品をこの店舗で買うのか?」というストーリーを設計し、顧客体験全体をデザインすることが重要になります。

これは、ECとリアル店舗の融合が進む中で、「単なる物売り」ではなく「顧客接点の最適化」が鍵になる時代の流れにも合致しています。

従来のMDから脱却し、**「顧客を動かす戦略」**として、商品を再設計することが、これからの小売業の成功の鍵となると思っています。


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