徒然なるままに#1〜人の想いが重い
徒然なるままに。
人の想いが重く感じるときがある。それは、価値観や夢を押し付けられたときだ。こっちは、クールな状態なのに、松岡修造のように熱く語られるときだ。
どんなにポジティブな言葉も、どんなに正しい理論も、受け止める側の準備ができていなければ、重い。イラっとするくらい。
人の心にも温度がある。
言葉とは、表現だ。表現とは、想いだ。人の想いは、心によって支えられている。心が宿るのは人。人には体温がある。だから、心にも温度がある。
だから、熱い言葉を受け止めるには、熱い心を持たなければならない。熱い心の人に、クールな言葉は届かない。
不思議なことに重さは良くも悪くも使われる。
不思議なことに、言葉には重さを感じるときがある。熱い、冷たいだけではなかったのだ。
また、重さはポジティブな意味でも、ネガティブな意味でも使われる。
・まだ会ったばかりで、『愛してる』は重い。
・しばらく会えないので、今日の『愛してる』の言葉を、重く受け止めた。
受け手の温度が決める。
この違いは何か?受け手の温度だ。受け手が熱さを覚悟しているかだ。
受け止め切れる言葉は、いい意味で受け取る。受け止めきれない言葉は、いい意味だろうけど悪く感じる。つまり、重い。
徒然なる気づき
自分の正義や理論を押しつけてもムダ。相手の正義や理論を尊重していないからだ。受け手の心の準備ができるような、配慮や仕掛けが必要である。