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saku767
日常から見れる共感性
共感性とは、相手の立場を思いやって行動ができるかどうかの度合いであり、この度合いの高さはその人の日常的な行動から簡単に見ることができる。
例を挙げると、
1、傘の持ち方
2、ドアの鍵のかけ方
3、物音のたて方
である。
まず、傘の持ち方について。これは一番簡単であり、かつ危ない場面である。これを失敗するだけで、その人の知性と品性がだいたい分かってしまうからである。まず、知性について、傘は多くの危険を孕む。上部を持ち、平行に近い持ち方をしていると、幼児から小学生くらいまでの背の高さからして、先端部分が突き刺さるような持ち方となる。これを平時でやっている人を見かけると、知性の程度が分かる。そして、振り回すような、または先端を前方に向ける持ち方は品性の程度を表し、おそらく彼らはクチャクチャと口を開けて食事をとる。
そしてドアの鍵のかけかた。郵便の方が郵便物を届けたあと、もしくは友人をドアまで送り届けたあと、鍵を何かに急かされるように大きな音を態々たてて閉める方法。これを平時でやっているひとは救いようがない。度しがたい。これについて何も思わないという人は、自分の共感性の低さにもおそらく悩んではいないだろう。そして、情けは人の為ならずという言葉の真意も知らないまま、独りで墓に埋められていく運命にある。
最後に物音のたてかた。大きな物音をたてずにはいられない人。おそらく精神病にかかっているので、病院に連れていってあげるべきだろう。
他にも多くあるが、共感性の低さに悩んでいる人にとっては仕方がない。何故なら元来思い遣りに当たる脳部位の発達が抑制され、自覚を感性ではなく理性で行わなければならないからだ。ぜひ今回の傘の持ち方や鍵の閉め方に心当たりがあるのであれば、改善をすべきだろう。