環境に関する社会科学を学びたい方のために
環境問題についてアカデミックに本格的に学びたいという方(主に大学生を想定、研究者志望の高校生も参考になるかも)のために、分野の入り口の地図をお渡しするという機会がありました。
折角ですので、ウェブサイトにてほかの方のために公開いたします。
なお、私の強い学問観が反映されたものであるという点はお断りしておきます。
前提として環境学は「学際的」な学問です。
「学際的」とは複数の学問を活用して触れることであり、「学際的学問」とは学際的アプローチが積極的に認められる(またそうせざるをえない)学問と理解しています。
そうせざるをえない、と書きましたのは、(シンプルに言えば)学際的学問に対比される伝統的学問は現象を理解しやすいような角度から捉えて体系を持っているのに対して、そうした基礎的な体系化がなじまない現象を対象としている、ということです。
だからといって、伝統的学問がいらないというわけでは基本的になく、むしろ伝統的学問が構築した基礎的な枠組み、レンズを通してこそ、直観やただの観察ではわからない深い道理を考察できるものと考えております。
したがって、学際的学問の対象を検討する際には、どの伝統的学問の枠組みが役に立つかをうまく見極めながら、一番ベストだと思った伝統的学問のものの見方(レンズ)を身に着けて、そのうえで環境現象を議論する、という形式が望ましいと私は考えています。
ここで、伝統的な学問として挙げられるのは、おおよそ社会学、経済学、経営学、政治学、法学となりましょう(このうち経営学は環境とは疎遠な印象があるので省きます)。
それぞれのアプローチの特徴を簡単に記し、そのうえでその入り口となる文献をご案内させていただこうと思います。
まず、社会学ですが、(社会学が何かということ自体が論争的なテーマですが)私の理解では、おおむね社会現象を実証的に解き明かす学問であるが、他の伝統的学問で扱われない対象を扱う学問、ということになります(方法論から定義する有力な対立説あり)。
要するに、なんでも屋さんであり、一方でその分それぞれの体系が薄いという印象を持っています。
ただ、研究手法としては少なくとも日本では伝統的な社会思想的手法、定性分析が割と生き残っており、逆に定量分析は全体としては弱い印象を抱いています。
経済学は、広い意味ではお金に関する学問であり、近年では狭義では社会現象を数理モデルで記述する学問とみることができると思います。
広義の意味でとると、「お金」を最大化するという視点から環境に関する人々の営みを考察するということになるでしょう。
一方、狭義の意味でとると、数理モデル中心で、その仮定の現実との整合性はしばしあやぶまれるものの、数理的な推論によりさまざまな帰結を導き出すことができるという利点があります。
統計を使って帰納的にお金に関する環境現象を考えるにせよ、数理モデルから演繹的に考えるにせよ、定量的な分析への傾倒感が強いという印象を持っています。
政治学は、狭い意味では政府の行動を分析する学問であり、広い意味では集団の意思決定の機構を明らかにする学問と理解しています。
したがって、なぜ人々は環境破壊を規制できないか?、その組織や政府の動きに注目した問いには強いのに対して、それ単独では数理的な背景だったり、一般市民の行動それ自体は射程からそれがちという問題点もあるように思います。
分析手法としては、定量が中心となりながらも、一定程度定性分析が残っている、という印象です。
最後に法学ですが、社会を規律する法の内容と解釈を検討する学問とおよそいえましょう。
実際に社会で政府がなにかしらの行動の規制をかけるには法によることは不可欠であり、その内容を検討することには深い意義があるでしょう。
ただ、ややもすると些末な解釈論に落ちがちという問題点や、結局「作り物」の決まりの話で実際に人々が法が設計したように動くとは限らず、その人々の実際の動態は学問の射程外であるという欠点があります。
手法としては、実定法の解釈を積み上げていくことを何重にもくりかえしていくことになるでしょう。
ここまで各伝統的学問を概観しましたので、それぞれの入り口をご紹介しようと思います。
すなわち、各分野がどのような体系を持っているのか、どのような視点から環境現象を見ているのかというのに触れられる文献をご紹介しておこうという試みになります。
本題に入る前に、教科書・概説書とレビュー論文、研究論文の違いを指摘しておきましょう。
教科書・概説書は、ある分野について全体の体系を眺めて(しばし)わかりやすくまとめたものです。一方、個々の体系がどのような研究によってなされてきたかという点については、教科書からは伝わらないことが少なくないように思われます。
研究論文は、ご存じの通り研究の成果をまとめたものです。実際の研究のやり方を見るには最適ですが、あまりに個別の問いが検討されていることが多く全体の現象の理解につなげることが難しいこと、また基本的な知識は前提とされているといった課題もあります。
最後にレビュー論文ですが、最先端の研究"それぞれの"関係をまとめあげた論文の一種です。最先端ではなにが問いとして注目され、どのような手法を取られているのか、研究の動向を把握するには非常に優れたものになります。一方で、その分野の基礎的な知識は前提となっていることが通例で、また文章の密度が濃く全体を理解しきるのが難しいという特徴もあると思います。
それぞれ長所と短所があるので、流し読みや段落頭だけ読むといった時短術も使いながら、その時々の自分の理解に最も資する読み方をされるとよいと思います。
具体的な文献を紹介していきます。社会学ですが、日本語の教科書・概説書としては
* 鳥越・帯谷編著(2017)『よくわかる環境社会学[第2版]』ミネルヴァ書房
が定評のあるシリーズの本で読みやすく最適かと思います。
* 関・中澤・丸山・田中(2009)『環境の社会学』有斐閣
これも人気のある有斐閣アルマの一冊で読みづらいことはないと思いますが、環境の世界の変動の激しさを考えると、古くなっている感は否めません。
社会学は全体としての体系には乏しいので、いきなり環境社会学の本を読んでも全く問題ないと思います。
日本語圏での研究動向を理解する上では、
* 『環境社会学研究』
という研究雑誌をパラパラ見ておくとよいと思います。
一方、英語圏の動向(日本語圏と比較してびっくりするほど洗練された研究が並んでいることもあります)としては、定評のあるレビュー論文誌のシリーズの一つ
* Annual Review of Sociology
の記事が参考になるでしょう。"Annual Review of Sociology Environment"と検索してヒットした論文を学内ネットワークから見れば読むことができます。"Sociology and the Climate Crisis"あたりがいいかもしれません。
英語圏の社会学の教科書としては
* Macionis (2014) Sociology, 15th ed.
がいいそうですが、環境は22章の一テーマとして扱われているにとどまり、社会学における環境の位置づけがうかがい知れるようです。
続いて経済学ですが、日本語版の教科書・概説書は調べたところでは
* 栗山・馬菜木(2020)『環境経済学をつかむ[第4版]』有斐閣
が版を重ねておりよさそうです。
* 大沼・柘植(2021)『環境経済学の第一歩』有斐閣
も入門書としてはよいでしょう。
もし理論経済学の基礎知識が足りないようでしたら、まず
* 井堀(2021)『入門経済学 第4版』新世社
などで基礎の基礎を学習して読むとよいでしょう。
そのうえで、ミクロ経済学など理論経済学の基礎的な理論の学習を進めていくという形になるかと思います。
英語圏の動向は正直あまりよくわかりませんが、Journal of Environmental and Managementといった論文誌の見出しを眺めてこんなの研究しているんだと見るくらいならためになるかもしれません。
ただこれ以上詳しくはわからないので、上記本で紹介された文献を読むなどして補っていただければと思います。
政治学ですが、入門書的な内容は乏しく、
* 竹本編(2020)『環境政策論講義』東京大学出版会
が政治学(のうちの政策学)のアプローチから見るのにはよいでしょう。
これから述べる法学的アプローチも併せて紹介されている本としては、
* 倉阪(2014)『環境政策論(第3版)』信山社
も比較的最近の文献でよいと思います。
研究書にはなりますが、規制現場の実態を記した本としては
* 平田(2017)『自治体現場の法適用』東京大学出版会
も有用です。
英語圏のレビュー論文も紹介します。
社会学の場合と同様にAnnual Reviewシリーズの
* Annual Review of Political Science
の記事が有用です。たとえば、"Climate Change Politics"や"Climate Change and International Relations (After Kyoto)"あたりがよいでしょう。
法学は、「行政法」「不法行為法(民法)」→「環境法」という手順で学んでいくのが王道ですが、法律の勉強としてでなく環境現象を知るために環境法を身に着けたいというのであれば
* 北村(2019)『環境法[第2版]』有斐閣
は事前知識なしでもおおよそ読めると思います。
もう少し学びたければ、
* 大塚(2023)『環境法BASIC[第4版]』有斐閣
* 北村(2023)『環境法 <第6版>』弘文堂
を読み、詰まったら行政法や不法行為法の概論を読むというのがまあ実際上適切な読み方だと思います。
研究の世界は、
* 『環境法研究』
あたりを眺められるとよいかと思います。
英語圏の動向は、ごめんなさい、よくわからないですが、レビュー論文集にあたる
* The Oxford Handbook of International Environmental Law (2nd edn), Oxford University Press.
の題名くらい眺めてみるのはありかもしれません。
ここまで、伝統的分野を通じて環境を見るという視点の下で、文献をご紹介してきました。
が、手法を問わず環境問題に関する研究を集めた論文もあります。
* Nature Climate Change
* Annual Review of Environment and Resources
このあたりの論文をみてわくわくするようなら、研究は非常におすすめです。さまざまな手法が混ざっており、幅広く環境に関してどういう研究がなされているかをみるのには非常に良いでしょう。
最後に、科学的知識に関する人々の考えから環境現象をとらえるうえでは、論文誌
* Public Understanding of Science
が有用でしょう。たとえば、"Deference and decision-making in science and society: How deference to scientific authority goes beyond confidence in science and scientists to become authoritarianism"は、信頼や科学的権威への「服従」と政治の意思決定との関係を取り扱っているようです。
また、この雑誌では、陰謀論や科学懐疑論あたりがしばしテーマとして取り上げられています。
いずれにせよ、どこの大学でも授業では環境を扱うには足りないと思いますので、教科書や、伝統的学問の基礎の講義をとるなどして(研究者志望の高校生の方は伝統的な学問の学部の扉をたたくなどして)、また研究論文を適宜摂取するなどして、ご自身で補われることが望ましいかと思います。
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