あてはめの事実評価方法を考える ~ポシェット事件を参考に~
以前querieでいただいた質問で、以下のようなものがありました。
このような悩みを抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。答案の型というより自分の思考過程をいかに紙面に落とし込むかという表現方法の問題になると思いますが、これについてはあまり詳細に解説しているものも少ないため、今回は備忘録も兼ねて当時の回答を加筆修正したうえで答案を書く際にどのようなことを考えて事実を評価すればいいのかについて少し書いていきたいと思います。
さて頂いたご質問のような場合についてですが、まずは自分の支持する評価を正当化するプロセスを挟むとよいのではないかと思います。というのも、おそらく質問をされた方としては後者(消極)が前者(積極)に優越することを示したかったと思うのですが、それにあたり「しかし」と述べる"だけ"で説明は十分だったのでしょうか。というのも、答案で「...しかし...したがって」と書くだけで優劣関係を説明したというには、前提として消極方向の評価が可能なら必然的に積極方向の結論を採用できなくなる*といえなければならないと思われ、原則例外のような関係が自明でない場合にもこれだけで済ませては両者に優劣がつく具体的な説明が無いのと同じですし、比較衡量次第で賛否どちらの結論にも至り得る事例ではそもそも判断基準の理解に対して疑問を持たれかねません。そのため、何をもって「したがって」なのかが明らかでなく、添削者は優劣の関係が見えない並列的な論述だと評価したのでしょう。
そこで、先ほどの正当化が必要になると考えるのですが、それには問題の性質により様々な方法があります。例えば、自分の支持する結論により生じる利益が他方の利益を犠牲にしても重視されるべき理由を各利益の重要度等の性質から述べる、各要素が結論に与える影響力の強弱を説明する、などが挙げられます。 前者なら、行政法で受益的処分の取消しの可否の基準**が挙げられますし、後者なら刑法の窃盗罪の要件である占有の有無がこれにあたるでしょう。
この点について、もう少し詳しく最判平成16年8月25日のポシェット事件(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/088/050088_hanrei.pdf)を参考に、占有を肯定する結論を書きたい場合を考えてみましょう。
ここでは占有とは財物に対する事実的支配を指すことを前提としますが、問題は何をもって支配の有無を認定するかです。しばしば、客観的支配事実と支配意思を具体的な事実から判断するなどといいますが、その実態は個々の事実の評価を積み上げて相互の関連性を整合的に論じて結論を導くというオーソドックスなあてはめにほかなりません。
まず、判断要素となる事実が持つ意味と、その位置づけを整理してみましょう。
公園は開放的で不特定多数人の往来があるのが通常です。このような置き忘れた場所の持つ性質からは、自室のような住人のみが強い管理権を持つ空間と比較すると他人の支配権の介入が容易ゆえに持ち主が財物に対して有する排他性が希釈されるという意味で、支配を弱める要素になるといえるでしょう。
一方、領得時の距離が27mだったという事実からは、それなら歩いても数十秒で素早く戻ることが可能なうえに歩道橋の踊り場からは公園内を広く視認可能だったといえ、依然として強い管理権を維持していたという意味で距離と位置は支配の弱体化を否定する要素になりえます。
以上の事実関係のもとでは、占有の有無の判断には決定打に欠き肯定否定どちらの結論にもなり得るので、自身が支持する結論の正当化が必要になります。
そこで両者をより敷衍して比較すると、まず開放的ゆえに他人がポシェットを持ち去りやすかったのは確かです。しかし、公園内を広く認識できたということは、置き忘れた場所が簡単に分かるため迷わず回収に向かえると同時に他人がこれを持ち去ろうとする行為も察知可能であり、更に所有者が持ち去りを阻止しようと思えば僅かな時間で現場に戻り必要な措置をとれたであろうことが伺えます。そうすると、支配力は弱まっていたものの、まだ持ち主はポシェットを管理できる状態だったと説明できます。したがって、支配は失われておらず占有が認められると主張できるでしょう。
このように、場所的要素が支配を否定に傾ける影響力よりも、位置的・距離的要素が支配を肯定に傾ける影響力の方が強い旨を具体的な評価を介しつつ示すことで、自分が占有を肯定する結論を採用することを正当化しやすくなります。
この他にも様々な正当化の方法がありますが、いずれを採用するにしても、「確かに...しかし...したがって」のような構文に事実を機械的にあてはめるのではなく、事実同士の関係性を明確にしたり、事実評価を抽象から具体に敷衍するなど多層的に記述して自身の見解を補強すると説得的な文章になりやすいと思いますので、判例などを参照してトレーニングしてみるとよいでしょう。
*このような理屈が妥当する典型例は「原則Aだが例外的にB」という枠組みの問題で例外にあたる事実を立証する場合であり、XもYも優劣関係が自明でない問題でこの理屈を採用するには前もって原則例外の関係にあることを示す必要があるでしょう。
**これについて、最判令和3年6月4日の被災者生活再建支援金支給決定取消処分取消請求訴訟が非常に詳細な事実評価と比較衡量をしているので参考になります。