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おかえり嗅覚〜コロナ感染後
発熱したその日の夕方から、匂いがわからなくなった。
私は先日コロナに感染したのだ。
コロナ感染は2年ぶりで、以前も匂いがわからなくなって、程なくして元に戻った経験があった。
だから今回もすぐに戻るだろうと思った。
匂いがなくても舌の感覚で、味が多少わかる。
舌で甘味、塩味、酸味、苦味がわかる。
どれくらいの濃さかはわからないけれど。
どうやら、味とは、匂い+舌の感覚で判断されるものらしい。
しばらくは、その舌の感覚で味を楽しんだ。
できるだけ、食感や喉越しの良いものを選んで食べた。
匂いがわからないと言うことは、臭いものを不快と感じずに済む。
臭いに敏感でストレスに感じていた私にとって、それは、とても平和だった。
でも1週間も経つと、匂いがわからないことが不便で、恋しくなった。
この新しく買ったソーセージ、どんな味なんだろう。
生協で取り寄せた函館の無添加ソーセージ。
期限が切れてしまうので、食卓に出した。
娘に味の詳細を尋ねる。
「プリッと弾けて、ジュワッと油が口に広がって、美味しい!」とのことだった。
小2の娘の感想にはいつも感心させられる。
そんなCMのような表現を、いったいどこで覚えたのか。
しかし匂いのわからない私にも、「プリッと」と「ジュワッと」は、食感や口内の感覚でわかるのだ。知りたいのは、旨み加減や塩味加減、また油の甘味など。
そのあたりは、娘に聞いても分からなかった。
ああ、匂いが恋しい。
今まであった五感の一つが欠けてしまうことは、とても心細かった。
焦げ臭いも分からなくて危ないし、自分の作る料理の味加減もわからない。
お気に入りの入浴剤の香りもわからない。
生きていると言う感覚が、いつもより希薄でふわふわしているように感じる。
なんだか自分だけ、みんなと違う世界にいるような。
いつまでこのままなんだろう。
このまま、一生匂いがわからなかったら、どうしよう。
料理がしたい…。
好きなものを味わって食べたい。
みんなと味を共感したい。
心細いような不安を抱えていた。
それは、発熱から10日目のことだった。
鼻水が、ドロドロの黄緑色から透明のサラサラに変わった頃。
いつも通り、水筒に入れたぬるま湯を飲む。
なんだか、水筒が臭い。
あれ、私、匂いわかるかも!!!
手を洗って、手の匂いを嗅ぐ。
石鹸の香りが、ほのかに感じる。
水筒のぬるま湯の匂いを改めて嗅ぐ。
やっぱり水筒が臭い。
玉ねぎの匂いもわかる。ピーマンの苦い匂いもわかる。
お風呂から下水の匂いがしている。
ああ、我が家のお風呂はいつから下水臭くなっていたのだろう。
匂いが戻ったことで、今までぼんやりしていた意識が覚醒した感じがする。
よし。大好物のオレンジを食べよう。
私は冷やしておいたオレンジを取り出す。
匂いがわからない間も、1日に2個は食べていた。
つるんとしたジューシーな果肉は、匂いがなくても舌の感覚だけでも、味わい深く楽しめたのだ。
今、改めて、皮を剥く。
包丁を入れた瞬間、甘酸っぱい香りが鼻に抜けた。口に入れないでもわかる。これは美味しいオレンジだ。
香りだけで、涙が出そうだった。
嬉しい。匂いがわかるって嬉しい。
一口食べる。
オレンジの味が身体中を駆け巡る。
まるで生き返ったみたいだ。
白黒だった世界が、色とりどりに彩られていくような、そんな感覚。
おかえり、嗅覚。
これからもよろしく。
もうどこにも行かないで。
しかし…
私の水筒は、一体いつから臭かったのだろう。
なかまち