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「逃れることのできない悲しみに耐える」について。
隠れた名作「母よ嘆くなかれ」
パール・S・バックは「大地」でノーベル文学賞を取った。彼女の手記「母よ嘆くなかれ」はあまり知られていないかもしれない。
私は「逃れることのできない悲しみ」の感情に捕まるたびに、いつもこの本を引っ張りだす。
パール・バックのひとり娘は、発達に困難を抱えるこどもだった。1930年代の、まだ発達障害に理解がなく、医療も進んでいなかった時代の話だ。
彼女が娘の発達の困難を知ったとき、胸をついて出た最初の叫び声は、
「どうしてこのわたしがこんな目にあわなくてはならないの?」だった。
そうです、避けることのできない悲しみを前にした人は誰もが、昔から幾度となく発してきた、あの叫び声です。
この疑問にたいする答えは、なにもありませんでした。
そして、とうとう絶対に答えがないのだと悟ったとき、わたしは意味のないものから意味を作り出そう、そんな風に決意したのです。
「母よ嘆くなかれ」
法政大学出版局1993
悲しみを融和する
パール・バックは、自分が時間をかけて悲しみを受け入れ、融和していった道のりを、まるで赤ん坊の私に、ひとさじ、ひとさじ離乳食を与えるように、ていねいに指し示してくれる。
逃れることのできない悲しみに耐えるということは、他人から教えられるようなものではないのです。
耐え忍ぶことは、辛く、苦しいことであり、自分を痛めつけ、憂うつな気分になり、他の人たちまでもだめにしてしまうこともあります。 (中略)ですが、悲しみを十分に受け入れると、そこから自然に新しい道が開けることを知ってほしいのです。
というのは悲しみには錬金術に似たところがあるからなのです。
悲しみは知恵に、(中略)知恵は幸福をもたらすことができるのです。
パール・バックは、ことばを選ぶのに、人一倍繊細な神経を使われた作家で、ひとつひとつのことばの生命を誰よりも大切にされたのだという。
悲しみは「錬金術」。
やはり名著は心の友だ。