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旅の話。ヒマラヤに響く替え歌
あれは私がまだ20歳になるかどうかという時だったが、ネパールを一人旅した事があった。
首都カトマンズからバスに揺られて、ヒマラヤ登山の拠点となる街ポカラに滞在中の事である。
私は地元のレストランで昼食をとっていた。
時刻は14時過ぎ。
すっかり客の波が引いたレストランで一人寂しく食べていると、地元のネパール人のおっちゃんが話しかけてきた。聞けば、このレストランのオーナーであるという。
彼は音楽が好きで演奏もするらしく、インドやネパールでは「ドレミファソラシド」という音階ではなく、「サレガマパダニサ」という伝統的な音階を使っていると教えてくれた。
世界中の音階はドレミファソラシドだと思い込んでいた私には衝撃で、かなり面白い話だった。
さて。
厄介なのはここからである。
彼曰く「お前、イイ声してる。日本の、歌。
何か歌ってプリーズ」
海外を旅していると、結構こうした緊急クエストが発生する。「音痴な私に言うな」と言いたかったが、「音痴」という英単語が分からない。
仕方ないので流行りのJ-POPを歌い始めると、
「ちょっと待て。違う。そうじゃない」
、、、ん?
彼曰く「もっとこう、オールドでクラシックなやつ。ジャパンのトラディショナルなスピリットが込められたソングを歌ってプリーズ」
困った。
演歌である。
つまり最高難易度の緊急クエストである。
うーん、下手なりに魂を込めて、やけくそ大音量で「ズ、ン、ド、コ! キ!ヨ!シ!」と絶叫したら許してくれないだろうか。ダメか。
やむを得ず、『津軽海峡冬景色』を歌い始めたのだが、やはりというか何というか、歌詞がすぐに分からなくなる。
仕方ないので即興の替え歌で誤魔化した。
ネパール人に日本語は分からない。
とにかくリズムを崩さず、つっかえず、自然に、堂々と歌い上げれば偽物の歌詞も本物になるというものだ!
しかし、いかんせん即興の替え歌である。
歌い続けるうちに名曲『津軽海峡冬景色』は、
青森の団地妻がリンゴ農家の男と不貞行為をする内容になっていた。
ダメだ。 顔が引きつってくる。
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バカみたいに狂った内容なのは歌っている本人が百も承知である。
しかし。どれだけおかしくとも、どれだけ狂っていても、こんなもん熱がある時に見る夢だと言われようとも、止まる訳にはいかない。
とりあえずキリの良い所まで歌わなければ!
このおっちゃんは納得しないだろう。
そして地獄みたいな時間が終わった。
やけくそパワーのおかげか、ぼちぼちサマになっていたらしく、オーナーのおっちゃんはご満悦の様子だった。
ちなみに一番困ったのは、即興でもなく、歌詞でもなく、イカれた歌詞を笑わずに「真顔で」歌うというポーカーフェイスなのであった。
若者よ、旅に出よう。
自分だけの体験をしよう。
一生語れる鉄板ネタが君を待っている!
、、、。
なんだか唐突に書いた昔の旅の話でしたが、面白がって頂けたようなら幸いです。需要がありそうならまた旅の昔話を書くかも知れません。
あ! それから。
歌い始める前に必ず他の日本人がいないかどうか確認をしないと評判を落とすぞ!